ボルテックス・リング・ステート:その2-リカバリー
先月の記事(その1)で説明したように、ボルテックス・リング・ステート (VRS) とは、ホバリングや低速飛行中に比較的高い降下率で降下した際にローターの推力が突然失われ、必要出力が増加する現象です。

VRSは、軍用および民間回転翼機において、大きな進入角での降下や、地面近くでの急激な操縦中に発生した事故の主たる要因または間接的な要因となってきました。その1では、VRSの空気力学、それが発生する対気速度と降下率の組み合わせ、およびパイロットによる回転翼機の制御に及ぼす影響について説明しました。この記事(その2)では、VRSからのリカバリーに効果を有することが確認されている3つの異なる手法 (ヘリコプター用の2つの手法とティルトローター用の1つの手法)を紹介します。
ヘリコプターをVRSからリカバリーさせるための標準的な手法は、コレクティブピッチを下げて前方にサイクリックを操作し、対気速度を増加することです。これにより、ボルテックス・リングはロータ面から離れて下流へ流されます。その結果、ローターへの空気流入量が減少し、ローターの推力が増加します。直感に反する結果となりますが、先にコレクティブを下げた方がボルテックス・リングが弱まり、サイクリック・ピッチの制御力を増すことができます。ボルテックス・リングからのリカバリーが完了するまでには(サイクリック・ピッチの反応が少し遅れるため)通常数秒間を要し、その間に高度の損失(100〜200フィート)が生じます。
もうひとつは、スイスのヘリコプター・パイロットで航空安全の専門家であるクロード・ヴィシャールが開発した比較的新しい手法です。この手法を用いれば、VRSからより迅速に、より少ない高度損失でリカバリーできることが多くのパイロットから報告されています。その手法は、コレクティブ・ピッチを(上昇出力まで)増加し、ペダルを使って機首方位を維持しながら、テール・ローター推力の方向(メイン・ローターが反時計回りの場合は右)にサイクリックを操作して、浅いバンク角(10〜20度)を生じさせるというものです。サイクリックとペダルを操作することで横方向に移動した航空機は、ボルテックス・リングから離脱して乱れのない空気の中に入ることができます(タンデム・ローター機のVRSからのリカバリーにおいても、同様の手法が効果的であることが確認されています)。ヴィシャールのリカバリー手法では、高度の損失を20〜50フィートに抑えることができます。
2000年4月にアリゾナ州マラナでV-22のVRSによる悲劇的な事故が発生した後、アメリカ海兵隊はメリーランド州パタクセント・リバーで一連の飛行試験を実施しました。これはVRSの飛行特性をより深く理解し、最適なVRSリカバリー・テクニックを開発・実証するためのものでした。3年間にわたるこの試験プログラムでは、合計114時間におよぶ低速度・高降下率での定常飛行および機動飛行が行われました。この試験により、V-22のVRS境界は対気速度と降下速度の組み合わせによって定義されました。試験結果によると、ホバー誘導速度で無次元化されて正規化されたV-22のVRS境界は、同じく正規化された従来のヘリコプターのVRS境界に酷似していることが分かりました。また、その飛行エンベロープの境界を決定する上では、VRSを完全に発達させる定常飛行状態の方が、航空機の状態(対気速度、姿勢およびそれらの変化率)が変動しVRSが及ぼす影響を遅延または軽減させる機動飛行状態(非定常飛行状態)よりも重要であることが分かりました。
V-22の飛行試験では、ティルトローター機をVRSからリカバリーさせるために効果のある手法についても実証されました。数多くのVRS「ロールオフ」状態(2つのローターの推力不均衡が機体のロール制御能力を超えた状態)からのリカバリーが、定常飛行および機動飛行状態の双方において実証されました。そのリカバリーは、ナセルをその最大速度の約7.5度/秒で15度前方に回転させることで行われ、通常、数秒以内で完了しました。この飛行試験プログラムに参加していたベル・ヘリコプター社テスト・エンジニアのロン・キソルは、2004年VFS(Vertical Flight Society, 垂直飛行協会)技術論文の中で「ナセルの回転は、直感的かつ機械的に作動するリカバリー装置であるという点において、ティルトローターに従来のヘリコプターに対する優位性をもたらしている」と述べています。キソルはまた、ナセル・リカバリーは「通常、開始から1〜2秒以内に効果を発揮する」と結論づけています。詳細については、キソルの2004年VFS論文「V-22HROD(Low-Speed/High Rate of Descent, 低速/高降下率)試験結果」をご確認ください。
トーマス・L・トンプソン博士は、アラバマ州レッドストーン工廠にある米陸軍戦闘能力開発コマンド航空・ミサイルセンターのシステム即応性局の空気力学主任エンジニアです。
関連記事出典:ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2025年02月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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2件のコメント
「ヴィシャールのリカバリー手法」については、以前、コメガ01さんからコメントを頂いていました。
https://aviation-assets.info/flightfax/settling-with-power/#comment-2883
「ヴィシャールのリカバリー手法」は、英語版のWikipediaにも掲載されていました。日本語版にも翻訳・投稿しましたので、こちらもお読みいただければと思います。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ボルテックス・リング・ステート#検出と対処