航空事故発生状況:UH-60M エンジン・インレット・プラグ

事故機の搭乗員は、UH-60MのMOC(Maintenance Operational Check, 試運転)を実施中、エンジン・インレット・プラグが装着されたままの状態でNo.1エンジン(左側エンジン)を始動してしまった。目視点検では損傷が発見されなかったが、整備実施規定の規定(ワーク・パッケージ 0277)により、コールド・セクション(エンジンの空気を取り入れ、圧縮する前半部分)の交換が必要とされた。交換されたコールド・セクションはさらなる点検と修理のために補給処へ後送された。この事故の総被害額は81,969ドルであった。
発生状況
当該航空搭乗員は、所属飛行隊のMTP(maintenance test pilot, 試験飛行操縦士)を支援するため、整備完了機のMOCを実施する任務を与えられた。その理由は、その整備作業が大幅に遅延していたこと、およびMTPが別の機体の整備作業で発生した問題に対処していたことにあった。MOCの実施に同意した航空搭乗員は、すでに駐機場に移動されていた航空機に向かった。その機体には一部のカバーがまだ残っていたが、ブレードのロープは取り外されていた。それに気づいた航空搭乗員は、手短に飛行前点検を行って機体に乗り込み、MOCを開始した。サーキット・ブレーカーおよびスイッチの点検を行う間に、PC(pilot in command, 機長)は、後部キャビンにエンジン・インレット・プラグが1つしかないことに気づき、PI(copilot, 副操縦士)に自分の側を確認するように指示した。PIは自分の側(No.1エンジン)がクリアであることを確認(後で誤認であることが判明)し、PCはPIがスタート・シーケンスを実施できるように操縦装置を受け持った。PIはスターターを回転させた。すべての計器表示が正常であるように思われたため、PCL(power control lever, パワー・コントロール・レバー)をアイドルに進めた。その時、TGT(turbine gas temperature, タービン・ガス温度)が上昇し、NG(gas producer, ガス・プロデューサー)が低下したのに気づき、直ちに始動を中断した。PCの指示によりPIが航空機から降り、機体の異常の有無を確認したところ、No.1エンジンのエンジン・インレット・プラグが装着されたままであった。エンジン・インレット・プラグが取り外され、MOCが再開された。今回はNo.2エンジンから先に始動した(訳者注:No.1エンジンを冷却するためと推定される)。航空搭乗員の証言およびIVHMS(Integrated Vehicle Health Management System, 統合機体管理システム)のデータによれば、警報灯等の点灯や制限値の超過はなかった。事故の発生は、MTPに報告された後、安全POC(point of contact, 連絡担当者)に通報された。当該航空搭乗員は、生体サンプルを提供するため、地元の航空医療クリニックに送致された(訳者注:米陸軍においては、航空事故発生時には薬物およびアルコールの影響の有無を確認することが義務付けられている)。
整備実施規定のワーク・パッケージ0277によれば、エンジン・インレット・プラグが装着された状態でエンジンを始動した場合、エンジンまたはコールド・セクションのいずれかの交換が必要となる。当初のECOD(estimated cost of damage, 損傷見積)においては、エンジン全体を対象として算定されたが、詳細な点検の結果、エンジンに実際の損傷は発見されなかった。このため、コールド・セクションのみが交換されて補給処に送られ、当該事故はクラスBからCに軽減された。
搭乗員の練度
PCの総飛行時間は241時間で、そのうちUH-60Mでの飛行時間は161.5時間であった。PIの総飛行時間は218.3時間で、そのうちUH-60Mでの飛行時間は124.6時間であった。

考察
UH-60Mの運用規定(-10)のパラグラフ8-8「Before Exterior Check(機外点検前)」の手順*2には、「ヘリコプター・カバー、ロッキング・デバイス、タイダウン、およびグラウンディング・ケーブル -取り外し、固定すること」と記載されている。*印は、その手順の実施が離陸前点検および飛行間点検において必須であることを示している。
また、H-60シリーズのATM(Aricrew Training Manual, 搭乗員訓練マニュアル)のタスク1022「飛行前点検の実施」の「Description/Crew Actions(説明/搭乗員の行動)」には次のように記載されている。
「PCは、運用規定のCL(checklist, チェックリスト)を使用して飛行前点検を確実に実施する責任がある。PCは、必要に応じて他の搭乗員に飛行前点検の項目を完了させるよう指示することができるが、すべての点検が運用規定のCLに従って完了していることを確認しなければならない。PCは、任務に影響を及ぼす可能性のある航空機の不具合を報告し、適切な情報がDA様式2408-13およびDA様式2408-13-1に記入されたことを確認しなければならない。」
事故調査の結果、本事故の原因は、人的ミスであるとされた。搭乗員は、チェックリストに従わなければならなかった。PCには、(離陸前の)最終点検を徹底的に実施して、飛行前点検が完了したことを確認する責任があった。
この事故は、避けることのできたものであった。チェックリストに従い、互いの行動をクロス・モニターし、他の搭乗員と意思疎通を図っていれば、発生しなかったはずなのである。
以下のリンクは、米国陸軍戦闘即応センター(U.S. Army Combat Readiness Center)が2022年11月に公開したUH-60飛行前点検のビデオである(訳者注:視聴にはログインが必要)。
出典:FLIGHTFAX, U.S. Army Combat Readiness Center 2025年09月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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