長距離国際飛行任務がもたらしたもの

スイス・アルプス上空のどこかで、無線に雑音のような音声が入った。「通知する。貴機は、訓練のため、これよりスイス軍戦闘機による迎撃を受ける」
数秒後、スイスのF-18が米陸軍のC-12ヒューロンの翼から僅か10フィート(約3メートル)の距離まで接近した。パイロットのニコラス・デマス上級准尉4にとってそれは、今回の任務が並大抵のものではないことを改めて認識させられる出来事だった。ここは、もはや勝手知ったる空ではないのだ。
この任務の目的は明確であった。それは、第6-52戦域航空大隊チャーリー中隊の隊員が、南太平洋における大規模な統合演習であるエクササイズ・バリカタン2025において、人員の輸送と作戦支援を行うことだった。しかし、その任務の内容は、双発タービン・プロップ航空機による地球周航という、さらに大きなものへと発展した。約20,000マイル(約32,000キロメートル)の距離を90時間かけて飛行し、複数の大陸と海洋を横断することになったのである。
軍用機の海外での運航は、独特の課題をもたらす。代替飛行場や整備支援を容易に利用できる国内での飛行とは異なり、国外での飛行においては、厳格な飛行計画、APACS(Aircraft and Personnel Automated Clearance System, 承認計画・調整システム)による外交上の飛行許可(Diplomatic Clearance)、そして精密な燃料計算が求められる。今回の任務においては、最大航続時間を8時間まで延長するため、機内燃料タンクが追加装備された。
飛行経路は東進で計画された。フォート・ノックス(ケンタッキー州の陸軍基地)から出発し、カナダ、アイスランド、ヨーロッパを経由するルートである。というのも、西へ向かうルートは常に強い偏西風(卓越風)が吹いており、現実的ではなかったからだ。すべての立寄地について承認を得る必要があり、指定されていない飛行場への着陸は、例え緊急時であっても、重大な外交上の問題を引き起こす可能性があった。
気象は常に大きな課題であった。タイ上空で、C-12は激しい雷雨の間、主要な国際線旅客機の後ろに続いて、上空で旋回待機(ホールディング・パターン)に入った。どんなに小さな機体であろうとも、その任務—高級指揮官を輸送し、部隊の移動を調整し、大型機が戦闘や兵站任務に集中できるようにすること—は、不可欠なものであった。
フィリピンに到着すると、陸軍予備の搭乗員は、米海軍、海兵隊、空軍、フィリピン軍などの統合及び多国籍パートナーに組み込まれた。搭乗員が現地の手順、不慣れな航空交通管制の実施方法、山岳地形に囲まれた照明のない狭い滑走路に適応するためには、円滑な協力が求められた。言語の障壁と意思疎通の隔たりは頻繁な臨機応変な対応を必要とし、搭乗員は激しい気象と低視程の中で、管制の支援を受けずに自ら進入手順を実施し位置を通報することもあった。
C-12という機体の価値はすぐに明らかになった。それは、指揮チームの遠隔の島々への迅速な輸送を可能にし、前方武装・給油地点を支援するための兵站的到達範囲を提供し、さらには受入国の緊急対応部隊の訓練シナリオをも支援した。飛行中に緊急事態を模擬し、地上の初動対応者の対応・調整能力を確認するという役割を果たす場面もあった。
作戦目標の達成に加えて、この任務は予期しない個人的および職業的な節目も提供した。搭乗員は、定められた休養要件に従い、ギリシャのクレタ島などの中継地で現地を探索することができた。歴史的遺跡を訪問し、現地の文化と触れ合い、任務の国際的性質について考察することができた。
日本からアラスカへの帰路は、印象的な対比の瞬間によって特徴づけられた。離陸時の完全な暗闇が、アリューシャン列島上空の日の出へと変わり、空を鮮やかな白と深い青で照らし出した。このような孤立した状況で、この光景を経験したパイロットはほとんどいないであろう。
C-12は、戦没将兵追悼記念日の週末に間に合うように帰還し、周航を完了した。振り返るとこの行程の規模が改めて明らかになった。双発タービン・プロップの陸軍航空機が、複雑な外交的および環境的条件を乗り越えながら多国籍軍事作戦を支援し、世界一周飛行を成功させたのである。
太平洋での任務として始まったものは、陸軍予備のパイロットによる展開能力、適応性、プロフェッショナリズムの戦略的展示へと発展した。今回の経験は、陸軍航空の国際的な運用力を実証するとともに、高度な操縦技術、任務への集中力、そして周到な準備が一つになれば、地球上のいかなる時間帯(タイムゾーン)においても飛行が可能であるという飛行の真髄を示したのである。
著者紹介: 少佐ジェフリー・ウィンドミューラーは、ケンタッキー州フォート・ノックスの米国陸軍予備航空コマンドの広報部長である。
出典:ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2025年09月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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