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陸軍航空の情報センター

T-4事故調査が私たちに問うもの

影本賢治

航空新聞社・週刊WING 2026年9月9日号掲載(連載コラム「影本賢治の航空羅針盤」第1回)

「我々が身に付けたすべての航空知識、すべてのルール、すべての操作技術は、どこかで誰かが命を落としたために学ぶことができたものばかりです。(中略)大きな犠牲を払って、文字通り血の代償として学んだ教訓を、我々は組織全体の知識として、絶やすことなく次の世代に伝えていかなければなりません。これらの教訓を忘れて一から学び直すのは、人道的に許されることではないのです」(マシュー・サイド著『失敗の科学』有枝春訳)これは、2009年に全エンジン推力を喪失した旅客機を不時着水させ、乗客乗員155人全員を生還させた「ハドソン川の奇跡」のサレンバーガー機長の言葉である。航空安全を保つためには、事故から得られた貴重な教訓を組織全体の知識として伝え続けなければならない。伝え続けるには、教訓を広く一般に公開することが望ましい。しかし、公開できるかどうかは、教訓を受け止める社会の側の姿勢にかかっている。

航空自衛隊は7月31日、昨年5月に愛知県の入鹿池で発生し、2名のパイロットが亡くなったT-4練習機墜落事故の調査結果を公表した。事故機にはFDR(飛行記録装置)が搭載されておらず、回収品が大きく損傷したことから、墜落の直接的な原因は特定できなかった。ただし、離陸後トランスポンダーの操作に意識を向けた間に速度が超過して指定高度を通り過ぎ、その修正操作により機体が+1G未満(機内の物が浮き上がる状態)となり、後席に持ち込まれていたF-15用のサバイバル・キットが操縦桿に干渉して回復操作を妨げた可能性があるとされた。

太平洋の向こうで公開されていた教訓

日頃から米陸軍航空の情報に接している筆者には、気になることがある。米陸軍戦闘即応センター(USACRC)が誰でも参照できる形で公開している2つの情報誌に、機内に持ち込まれた物品が操縦を妨げるという、今回の調査結果が可能性として挙げたのと同じ型の危険を扱った記事が、以前から掲載されていたのだ。

Risk Management Magazineには、「個人調達装備品の安全な取り付け」と題する記事がある。隊員が個人的に調達したニーパッドやタブレット、ヘッドセットなどが、固定不良で機内を浮遊して操縦の妨げになったり、それらの操作に気を取られたりする危険を扱ったものだ。2022年の米陸軍の即応性評価では、クラスC航空事故(死亡や機体の亡失を伴わない区分)の3割超に、こうした私物装備がらみの不具合や注意散漫が関わっていたという。

また、Flightfaxには、「LUH-72のサイクリック操作制限」と題する、より具体的な報告がある。UH-72ラコタが夜間の低高度ホバリング中、サイクリック・スティックが突然右へ動かせなくなり、機体が左へ流され始めた。機長は直ちに前進飛行に移って機体の安定を回復した。その後、搭乗員が懐中電灯でコックピットを照らしながら原因を探ったところ、ニー・ボードからずれ落ちたiPadがサイクリックとセンター・コンソールの間に挟まっていた。これを取り除くと干渉が解消され、無事に帰投することができたという。注目したいのは、現場の航空科士官が、実名でこれを書いていることだ。

現場隊員による報告が誰でも読める形で公開されている【出典:Flightfax 2025年5月号(米陸軍戦闘即応センター)】

誤解のないよう付け加えるが、「こうした教訓が共有されていれば事故は防げた」と言いたいわけではない。事故は複数の要因の連鎖であるし、そもそも物品の持ち込みが要因であったかどうかも不確かである。それでも、「こういった教訓が必要とする者に届く仕組みをもっと整えるべきだ」と考えることは、亡くなったお二人への礼を欠くことにはならないはずだ。

このような教訓はどうすれば隊員たちに届くのであろうか。まず思い浮かぶのは、米軍などが公開している情報を組織的に取り込むことだろう。収集・翻訳して隊員に普及する。それは誰の許可も要らず、明日からでも始められる。しかし、それだけでは不十分なのではないだろうか。隊員が自分から手を伸ばせる届き方ではないからだ。

教訓は書庫の中に眠る

陸上自衛隊の航空科部隊では、ずっと昔から「安全教育」と呼ばれる時間が定期的に設けられてきた。筆者が若かった頃は教場が足りず、屋外に敷いたブルーシートに座って教育を受けたものだ。パワーポイントなどない時代で、教官は模造紙に書いた資料を見せながら、過去の事故や不安全事例を教えてくれた。日頃あまり真面目でない隊員(私もその一人だった)も、この教育は真剣に聞いていた。誰もが「自分だけは、絶対に事故の原因になりたくない」と思っていたからである。

その教育の重要なリソースになっていたのが、各自衛隊が発行している部内安全誌である。陸上自衛隊には「航空安全情報」、航空自衛隊には「飛行と安全」という部内誌があり、不安全事例やヒューマンファクターの知見が掲載されている。海上自衛隊にも「安全月報」という同種の部内誌がある。自分と同じ航空機に乗り、同じ任務に就く仲間の経験ほど、身に迫る教訓はない。

しかし、ここには重要な問題が潜んでいる。安全誌は、航空機の性能等に関する記述を含む文書として扱われるため、その閲覧は部内に限られている。このため、その保管や取り扱いには、どうしても面倒な手続きが伴う。オンライン化が進んだ今は部内のパソコンで読めるかもしれないが、すべての隊員が自由に使えるわけではないだろう。これに対し、米陸軍の2つの情報誌には、隊員個人のスマホからでも瞬時にたどり着く。この差は極めて大きい。

こういった情報を公開しているのは米陸軍だけではない。米海軍も操縦士向けのApproachと整備士向けのMechを公開している。イギリス軍やカナダ軍やオーストラリア国防軍にも同種の安全誌がある。米空軍の安全誌は2012年に廃刊になったが、発信の場がウェブに移されただけで、1948年からのアーカイブも公開され続けている(国外からのアクセスは制限されることがある)。これらの軍は、たとえ保全上のリスクを考慮したとしても、公開した方がメリットが大きいと判断しているのである。

国内においても、民間航空では、ヒヤリハットの自発報告を第三者機関が集め、その分析結果をFEEDBACK誌として一般に公開している。ANAやJALも、毎年の安全報告書で自社の事故や安全上のトラブルを自主的に開示している。情報を誰もがアクセスできる形で出すことは、現場の一人ひとりがそれを参照しやすくなることにつながる。

もちろん、情報の公開には、教訓が組織の外の人々にも届くという効果もある。たとえば、機内に操縦を妨げる可能性のある物品が持ち込まれる可能性は、他の自衛隊や民間会社にもある。あるいは、子どもを抱きかかえたまま車を運転する。自転車のハンドルに買い物袋を提げる。コーヒーを片手に大切な書類を読む。公開された教訓は、自分にいろいろな言い訳をしながら行われがちな、そういった行為に対しても警鐘を鳴らすことができる。

公表を左右する社会の側の姿勢

自衛隊が不安全事例の公表に踏み出せないのは、なぜだろうか。陸上自衛隊で航空安全に関わる職務を経験した筆者には、公表を受け止める日本の社会の側に素地ができていないからだと思えてならない。

現状でも、飛行中の部品落下のように部外に影響を及ぼすおそれのある事案は公開されているが、重さ数グラムの部品でも、そのたびに批判の的になる。この扱いを見れば、すべての不安全事例を公開したときに何が起きるかは、想像に難くない。隊員は自らのミスやヒヤリハットを報告しなくなり、かえって組織内の情報共有が損なわれかねないのである。

国際民間航空機関(ICAO)は、事故調査で得られた情報を責任追及にではなく、原因究明と再発防止にのみ用いることを国際標準として掲げている。「誰の責任か」を追及するほど、「なぜ起きたのか」は遠ざかる。今回、航空自衛隊は、直接原因を特定できなかったことを認めたうえで、事実と推定と可能性を区分した詳細な調査結果を公表した。同じ日の記者会見で森田雄博航空幕僚長は、得られた教訓を真摯に受け止め、再発防止に取り組むと語った。この誠実な公表が、責任追及の材料にされずに済むかどうか。それは公表する側ではなく、受け止める社会の側の姿勢にかかっている。

過去の事故調査の結果や、不安全事例の教訓を誰もが読める場所に置く。そんな一歩を後押しするのは、詳細な公表を「よくぞ出した」と受け止める社会の側の姿勢である。どれほど詳細な調査結果も、責任追及の道具として消費されるなら、次の報告は萎縮し、教訓は書庫に眠ったままになる。

「誰の責任か」ではなく、「なぜ起きたのか」を問える社会に、私たちは近づいていけるだろうか。


※本記事は、航空新聞社・週刊WING 2026年9月9日号(週刊3519号)に掲載された連載コラム「影本賢治の航空羅針盤」第1回を、同社の了承を得て転載したものです。内容は掲載時点の情報に基づいています。

           

出典:航空新聞社『週刊WING』 2026年9月9日

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