FOD(Foreign Object Damage)をもたらすFOD(Foreign Object Debris)
この記事の目的は、FODプログラム計画・実施要領を説明することではありません。それは、私の航空部隊および品質管理機関での経験を紹介し、このことを考えていただく機会を提供することにあります。
整備員であれば、誰でも、AIT(advanced individual training, 上級各個訓練)で航空科職種での勤務を開始して以来、教官、指揮官および監督者からFOD(Foreign object Debris)やFOD(Foreign Object Damage)について注意され続けているはずです。整備作業を開始する前に、時計、指輪や認識票を外すように指導されてきました。小銭やその他の私物を取り出して、ポケットを空にするように言われたこともあるでしょう。なぜ? と思ったことがあるかも知れません。「妻(夫)に指輪を絶対に外さないと約束したのです」と言った者もいるかも知れません。優れた指揮官ならば、安全確保の重要性を説明し、指輪を付けていたために皮膚が剥がれてしまった写真を見せてくれたはずです。指全体を失う場合だってあるのです。
DA Pam 385-90の第2章は、FODを「ある区画またはシステムに存在すべきではない物体、航空機のある機構に吸入または格納された物体、または航空機に衝突した物体により引き起こされた航空機の損傷または不具合」と定義しています。FODの例としては、脱落した結合用部品や草類のエンジンへの吸入、結合用部品や工具による操縦系統の拘束、エプロンや誘導路上の異物によるタイヤの裂傷またはプロペラやテール・ローターの損傷などがあります。
作動部品の間に異物が挟まることがもたらす危険性について、完全に理解できるようになるのには時間がかかります。直接的にせよ、間接的にせよ、何らかの不安全や事故に遭遇するまで、身にしみて感じることが難しいのです。ここからは、FOD防止プログラムに関係するいくつかの事例を紹介してゆきます。
清掃
まずは、清掃から始めましょう。清掃は、一般的な用語です。FODに関することに焦点をあてましょう。つまり、整理整頓です。それは、決して簡単なことではありません。清掃ができない理由として聞こえてくる言い訳には、次のようなものがあります。
・忙しいため、1週間に1度しか清掃できる時間がない。
・本当はもっと清掃したいのだが、毎日、清掃する時間はない。
私の経験によれば、整備作業に並行して清掃を行ったほうが、作業終了後に後片付けをし、工具類を収納し、FODを拾うのにかかる時間を少なくできます。1日の終りに行えば、それだけで良いと思うかも知れません。でも、待ってください。今、それを行なわなければ、整備員や検査員や搭乗員が靴の裏に安全線やコッター・ピンを付着させたまま整備を行ったり、飛行任務の準備をしたりすることになってしまうのです。もし、気づかなければ、それらの異物をドライブシャフトや操縦系統の周辺に落としてしまうかもしれません。
FODコンテナには、従来、缶が広く用いられていました、現在では、格好が良くて密封できるFODバッグが使われることが多くなりました。整備作業を行う際に、FODコンテナをひっくり返したり、バッグを密閉し忘れたりすると、作業中の機体区画に異物を撒き散らすことになりますので注意が必要です。工具バッグに工具と一緒に入れるというのは、どうでしょうか? そんなことをすれば、今度は、FODによる被害だけではなく、怪我の原因にもなってしまいす。うっかり爪の間に安全線を指してしまった人が、どれだけいるか知れません。
器材管理
器材の収納および把握要領は、長年にわたって大きな進化を遂げてきました。昔は、内容品一覧表と一緒に個人用工具箱が支給され、毎月点検を行っていましたが、それぞれの工具を囲む発泡材は用いられていませんでした。(訳者注:工具箱の中に発泡材を敷き詰めて、工具がちょうど入る穴を開けて、そこに工具をはめ込んでおく収納方法です。工具が工具箱に戻っていないと穴が空いた状態になっていますので、工具の員数点検が確実に実施できます。)忙しくて、清掃を行う暇もないときに、工具の員数点検を行えるわけがありません。当時、ある工具がなくなったことがありました。指揮官からは、工具がなくなったという告知があっただけで、それを探せという指示はありませんでした。整備員たちは、その工具の使用について質問されたものの、そのことは、機体に載っているはずはない、と指揮官だけではなく、自分たち自身を納得させただけでした。なくなった工具は、すぐに見つかる場合もありましたが、機体を飛行停止してまで探した記憶はありません。結局、所在を把握できなかった工具が、次回、点検パネルを開いたときに見つかったこともあったのです。
つまり、すべての工具を常に把握するという基本的なことが実行できていなかったのです。工具が返却されていないことが明確に分かるようにした工具箱を用い、作業の結節または1日の作業の終わりに員数点検を行うようになってからは、リスクを大幅に低減できるようになりました。また、列線で整備作業を行う場合には、必要な工具を工具バッグに入れて機体に向かうことになります。工具バッグには、発泡材が入っていませんが、各整備作業に必要な工具の員数点検を行うためのチェックリストが備えられています。員数点検を確実に行えば、パイロットが整備完了に伴う地上試運転を準備している間、「何か、置き忘れている物はないか?」と心配する必要がなくなるのです。さらに、工具を使用可能な状態に維持することも重要です。工具の点検や手入れを怠ると、FODの原因となる破片が生じる可能性もあるのです。
キャップ、プラグ、ウェスおよび結合用部品
次に、整備用消耗品類について考えてみましょう。整備用消耗品類の大部分は、在庫を適切に維持するために員数管理が行なわれています。しかし、プラスチック製のキャップやプラグについては、どうでしょうか? 同様にウェスは、管理されているでしょうか? 航空機や地上支援器材に関する安全通達には、組み立てまたは取り付け時に構成品の内部にキャップ、プラグおよびウェスを残置した事例が紹介されています。
それでは、結合用部品に戻りましょう。私の場合、良く使うボルトは、多めに受領して、予備として保管していました。私の工具箱には、他にも、そのボルトを取り付けるためのワッシャー、ナット、コッターピンなどの結合用部品がどっさりと入っていました。更に悪いことには、整備作業に際しては、機体から降りたりを繰り返さなくて済むように機内にそれを持ち込んでいました。工具バックは、前回の整備作業が終わったままの状態で、空にしていなかったので、いくつの部品を持ち込んでいるのかを把握できていませんでした。
そんな私に転機が訪れたのは、大規模な整備を行うため、ある機体を海外派遣部隊先から受け入れた時のことでした。そのUH-60は、C-17で空輸されてきたのですが、いくつかの構成品が取り外され、輸送用ボックスに格納されていました。現地で分解を行った整備員は、FOD防止のために、燃料タンクのベント・チューブの2つ末端にプラグを装着していました。誰が実施したのか、細部は不明でしたが、ネジ付きのプラグやキャップを取り付けたり、ビニールで覆ったりするのではなく、黒いプラスチック製の詰め物が中に押し込まれていたのです。計画整備が終了し、組み立て作業が行なわれましたが、その際、当該チューブの検査が確実に行なわれていませんでした。低燃料量警報システムの点検は、問題なく終了しました。次に、圧力給油を行うことになりました。給油は通常通りに進んでいるように見えましたが、燃料のレベルが燃料タンク接続バルブのところに達した時、1つのタンクからのベントが行なわれなくなりました。燃料を給油していた整備員が何が起こったのかを理解した時には、機体構造が破損してしまっていました。幸いなことに、けが人はありませんでしたが、発生状況を報告し、根本的原因を明らかにし、再発防止策を確立しなければなりませんでした。このことから言えるのは、FOD防止処置を不適切に行うのであれば、やらないほうがましだということです。
係留カバー
消耗品扱いである係留カバーは、DA Form 2408-17 付属品表に記載されているものの、あまり注意が払われない傾向があります。エキゾースト・プラグが機体に縛着されておらず、週末に風で外れて、エプロンの片隅まで飛ばされて茶色く変色してしまっても、誰も気づかないことがあります。このような場合、通常、新品を請求するだけで終わってしまいます。風向きが変われば、夜間飛行のために地上滑走を行っている最中に、そのエキゾースト・プラグがエプロンまで転がって、ローター・システムの中に吸い込まれることもあり得るのです。
私物
帽子、ペン、鍵および小銭のような私物品にも注意しなければなりません。エプロンでは帽子をかぶらないのが、標準的な方針となっていますが、帽子をかぶるのが好きな者もいますし、日光を遮ることも重要です。対策は簡単です。2つのクリップを使って、あごひもを取り付けるだけのことなのです。ペンや鉛筆は、どうでしょうか?チェックリストのバインダーやリングはどうでしょうか?「あれ、俺のペンはどこだ?」と思ったことはありませんか? 家に忘れてきたに違いないと思ったならば、補給班に行って新しいものをもらってくるだけです。
飛行前点検で、コックピット内に筆記具が落ちているのを見つけたことがありませんか?電子化が進んだ今でも、ノートとペンや鉛筆を持ち歩くことは少なくありません。誰もが電子メモ帳を持って搭乗するわけではないでしょう。ペンや鉛筆を見つけた場合に話を戻しましょう。大抵の者は、それを深刻なものとは考えません。それがどんな害を及ぼすというのでしょうか? 操縦系統に挟まったとしても、油圧は強力なので、破壊されるだけのことだ、と考えているとしたら、それは大きな間違いです。FODは、あくまでもFODなのです。
それでは、バインダーのクリップ、チェックリストのリング、そしてペンや鉛筆の話に戻りましょう。飛行前点検においては、機体の構成品を点検する間、チェックリストを見て、何かをメモして、そして点検に戻るということを繰り返します。点検が完了し、航空機が離陸したが、なぜかクリップ、リング、または筆記具がドライブシャフトのそばに残されています。毎分何千回転もの速度で回転している、薄い素材で作られたドライブシャフトに、FODが振動で動いて近づいてゆくことになります。ポケットに入っている鍵や小銭なども、同じように危険です。操縦席に腹ばいになって、下方を点検しようとした時に、それらの物がポケットから落ち、操縦系統の間などに隠れてしまう可能性があるのです。
FOD除去作業
エプロンを歩いてみましょう。びっくりするような物が拾えます。私が見たことがあるのは、弾丸、薬きょう、岩石などです。もちろん、コッターピン、安全栓および結合用部品などもありました。指揮官は、FODを拾う列の後ろを歩き、隊員を監視して、FODのすぐ横をおしゃべりしながら通り過ぎる隊員に注意を喚起しなければなりません。一緒におしゃべりをしたり、関係のない相談を受けたりするのでは困りものです。毎週実施するFOD除去作業だけではなく、エプロンに駐機した機体から格納庫に戻る時にも、FODを見つけたならば必ず拾うように、自分自身や部下たちを習慣づけなければなりません。
拾集した異物は、記録に残し、その傾向を分析しましょう。グラフで色分けしたり、危険度の高い異物の絵を記載したりしたほうが印象を強めることができます。この情報は、その異物が生じた原因を明らかにし、対策を検討して、隊員への教育を行うために利用できます。
FODの主要な発生源のひとつは、車両です。飛行場のゲートを通過する前に、タイヤの確認は行なわれているでしょうか? 車両といえば、スイーパーはどうでしょうか? 飛行場管理班との連携に問題はないでしょうか? スイーパーによる清掃が行なわれた後でFOD除去作業を行っても、必要な情報が得られません。
FOD防止策
それでは、FODを防止するためには、どうすれば良いでしょうか? DA Pam 385-90には、FOD防止プログラムに関する指針が掲載されています。このFOD防止プログラムの担当者は、通常、書面を持って任命されます。部隊用に準備されたこのプログラムを実施するためには、隊員、技術派遣要員および軍属に対する教育訓練が必要です。訓練は、このプログラムを実施するための、ひとつの方法ではありますが、私はそれは教育の一環でもあると思っています。人は、自分自身の経験から学ぶこともありますが、それ以上に他の人の経験から学ぶことが多いものなのです。指揮官は、部下たちにFODに関する経験を共有させ、それから継続的に学ばせるようにしなければなりません。
確かに、FODの防止には、部隊の整備要員による支援が重要です。しかしながら、指揮官の教育および強要がなければ、その効果を発揮することができません。隊員たち全員がFODおよびFODプログラムを理解し、指揮官がその実行を強要することにより、100%の効果が発揮されるのです。
結論
プロの整備技術者である我々は、整備作業を正確に実施し、航空機を修理できるように最大限の努力をしなければなりません。しかしながら、それを完全に行うためには、FOD防止施策を計画し、訓練し、教育することが不可欠なのです。工具や物品を紛失しても、適切な対応を行なわず、家に忘れてきたと判断したり、新しい工具を入手して済ませていたりしたのは、遠い昔のことです。航空機やシステムの修理作業には、人の命がかかっています。同じように、FOD防止活動にも人の命がかかっているのです。
航空機が任務を終了して帰投し、搭乗員全員が無事に帰宅した時、航空整備の完遂およびFOD防止に向けた取り組みが成功を遂げたと言えるのです。
出典:FLIGHTFAX, U.S. Army Combat Readiness/Safety Center 2019年10月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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1件のコメント
アメリカ陸軍のUH-60修理課程に留学していた時(約30年前)には、学生各人に1個の金属製の「個人用工具箱」が貸与されていました。陸自の航空機整備工具セットとほぼ同じくらいの品目数の工具が入っていました。内容品一覧表はありましたが、発泡材は使われていませんでした。
員数の確認よりも、工具箱の蓋に鍵をかけてチェーンで棚に縛着することのほうが厳しく指導されていました。ある日、鍵を掛け忘れたひとりの米陸軍兵士が、「工具をずっと持ち歩く刑」を課せられました。10kg位ある工具箱を一日中(教室にも、トイレにも、食堂にも、宿舎にも)、持たされ続けていました。