状況認識の維持「コックピットでは全てがビジネスだ」

TC 3-04.93「航空従事者のための航空医学」第19-7項によれば、状況認識とは、「任務遂行中の作戦環境を空間的・時間的に包括的に理解すること、すなわち頭の中に状況図を描くこと」と定義される。この統合され、適時更新される、刻々と変化する状況図には、現在把握している状況だけでなく、予測または予見される近い将来の重要な出来事も含まれる。航空においては、地理(航法)、空間/時間(姿勢、高度、対気速度、機首方位、予測飛行経路)、システム(計器類の状態)、環境(天候)、戦術などに関する状況の把握が求められる。この状況認識を構築するための要件の一つが空間識である。
これらの要件の一つ以上を喪失した状態が「状況認識の喪失」である。この状態は必ずしも空間識失調(SD, Spatial Disorientation)を意味するわけではないが、SDに陥った場合は必ず状況認識を喪失する。
陸軍航空では、状況認識とその維持の重要性が話題になることは多いが、それを具体的にどうやって維持するかという方法論が議論されることは稀である。これは、状況認識の喪失が、我々自身でコントロールできるはずの個人的な要因に起因することが多いためである。しかし、任務遂行中に状況認識を維持するために、クルーとしてできることは決して少なくない。
私は最近、様々な航空会社のチーフ・パイロット、国家運輸安全委員会(NTSB, National Transportation Safety Board)、そして海軍のブルー・エンジェルスの元メンバーをゲスト・スピーカーに迎えた安全会議に出席した。そこで議論されたテーマには、陸軍航空におけるこの問題にも通じるものが含まれていた。
クルー・ブリーフィング
クルー・ブリーフィングは、クルーによる任務計画の集大成である。また、飛行中に起こりうる事態を予測し、頭の中に状況図を構築するための出発点でもある。
ゲスト・スピーカーであったNTSBの元委員長は、次の3点を強調した。
- クルー・ブリーフィングで飛行全体のトーンを設定する。
- プロフェッショナルは手順を遵守する。
- コックピットにおけるプロ意識、規律、エアマンシップを訓練する。
これらは、2025会計年度(FY, Fiscal Year)のエアクルー・コーディネーション・トレーニング(ACT, Aircrew Coordination Training)のテーマである「コックピットでは全てがビジネスだ」、そして航空搭乗員訓練マニュアルに概説されている「クルー・コーディネーションの基本要素」と一致する。
クルー・コーディネーションの基本要素とは、「任務前の計画とリハーサルの達成」と「任務における状況認識の維持」の2つであり、いずれも状況認識に直接関係している。重要なのは、期待される行動や予期せぬ出来事を視覚化し、それについて議論したうえで計画(リハーサルを含む)することである。これが状況認識の確立に繋がり、効果的なクルー・パフォーマンスを生み出す。
さらに、十分な訓練を積んでいれば、クルーは最小限の口頭指示で行動でき、時には事故からわずか数インチ、数秒しか離れていないような危機的状況下でも、予期せぬ出来事にプロとして冷静に対応することが可能になる。

注意管理
大手航空会社のチーフ・パイロットたちは、注意散漫が主要なリスク要因であり、刻々と変化する環境下で状況認識を維持することを困難にすると指摘した。そのうえで、確立された手順から外れた非日常的な事象による注意散漫に警戒するよう警告した。
この指摘は、予期せず、かつ対応するための訓練や準備ができていない出来事が、注意散漫を助長するという前提に基づいている。
ラリー・ウィルソンは、著書「Defenseless Moments(無防備な瞬間)」の中で、「予期せぬ出来事の95%以上(ほとんどの場合97%~99%)は、個人的な要因(そのほとんどは不注意)に起因する」と述べている。さらに、「急いでいる、イライラしている、疲れている、または自己満足に陥っている」場合に、不注意のリスクが高まると指摘する。
このリスクの管理において、クルー・ブリーフィングは重要な役割を果たす。行動を相互監視するというクルー・コーディネーションの原則を活かすことで、飛行安全や任務遂行に影響を与えるエラーを常に監視し、エラーを犯したクルー・メンバーに迅速かつ的確に指摘・支援するという意識を再強化できるからである。
また、ラリー・ウィルソンは、「言葉の合図でクルー・メンバーをその瞬間に引き戻し、目と心を任務に集中させる」ことも重要であると説く。言葉で合図するという単純な行為が、クルー・メンバーの意識を目の前のタスクに引き戻すのである。
デブリーフィング
デブリーフィングは、クルー・レベルでのAAR(After-Action Review, 事後検討会)の実施という、クルー・コーディネーションの基本要素であるが、同時に最も軽視されがちな要素の一つでもある。
航空搭乗員訓練マニュアルには、次の2つの具体的な目標が示されている。
- クルーは主要な決定と行動を批判的に検討する。議論すべきだった選択肢や要因を特定し、将来の任務でクルーのパフォーマンスを向上させる方法を見出す。
- クルーの決定と行動に対する批判は専門的見地から行う。個人攻撃を避け、クルーのパフォーマンスの教育と改善に焦点を当てる。
これら2つの目標を達成することで、学んだ教訓を基に頭の中の状況図を更新し、将来の任務で状況認識をより適切に維持する方法を洗練させることができる。
ブルー・エンジェルスのゲスト・スピーカーによると、彼らのAARやデブリーフィングには、飛行時間の2倍もの時間が費やされるという。これらは、説明責任と当事者意識(問題が何であり、どのように修正するかを確認する)を伴い、常に改善点を探し求めることで、自己満足と戦うための重要な手段と位置づけられている。
結論
コックピットでの行動すべてをビジネス(責務、重要事項)と捉えることで、クルーは近い将来の出来事を包括的に把握すること、すなわち頭の中に状況図を構築することができる。不注意を減らし、刻々と変化する状況に応じて状況図を適切に更新し、注意散漫になりがちな環境下でも状況認識を維持することが可能になるのである。
出典:FLIGHTFAX, U.S. Army Combat Readiness Center 2025年06月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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