DVE関連事故の発生要因
Flightfax2020年4月号の記事から

「航空」は民間でも本質的に危険極まりないものであり、軍ではなおさらそうである。陸軍のパイロットであれば、訓練を受けてきた事項について、引き続き知識の習得に努めているはずであるが、時には埃を払って記憶を呼び起こすことも必要である。DVE(Degraded Visual Environment, 悪視程環境)に関連する事故が発生する要因について、新たな視点から見直してみよう。
飛行計画(フライトプラン)
飛行計画は、事故を回避するための最初のメカニズムである。AR95-1 Aviation Flight Regulations 第5-2項(3)を参照すれば、VFR(Visual Flight Rules, 有視界飛行方式)環境下での飛行要件と、運航に必要な最低気象条件(ミニマム)を把握することができる。
5–2. 飛行前点検(プリフライト)
搭乗員は飛行開始前に、任務、手順、および規則について熟知しておかなければならない。
(3) VFRによる飛行
目的地の気象予報は、原則として、ETA(Estimated Time of Arrival, 到着予定時刻)からその1時間後まで、VFR最低気象条件以上でなければならない。気象条件が断続的に変化する場合は、卓越する条件に応じて判断される。
ただし、クラスB、C、D、およびE空域内の目的地の気象予報については、ETAからその1時間後までSVFR(Special Visual Flight Rules, 特別有視界飛行方式)の最低気象条件以上であれば、飛行計画を提出することができる。ヘリコプターのSVFRは、視程が1/2マイル(約800メートル)以上であり、雲を避けた飛行が可能なことを最低気象条件としている(飛行場がより高い条件を要求している場合を除く)。
目的地までの経路の気象予報は、表5-1に記載されている空域クラスごとの最低条件以上の雲からの距離および視程であることが求められる。

訳者注:空域クラス(Airspace Classes)の区分については、記事の最後に解説しています。
AR 95-1が各パイロットに優れた意思決定能力を提供するわけではない。例えば、クラスD空域からSVFRクリアランスで出発できる気象条件にあり、主要な経路上の天気が、表5-1のクラスG(対地高度1,200フィート以下)の日中の最低条件を上回っている状況を想像してもらいたい(これは会議に参加する部隊司令官の輸送任務である)。
経路間の気象は、13マイル(約21キロメートル)の距離にわたって、最低視程1/2マイル(約800メートル)の霧と雲層が予報されている。多数の鉄塔障害物があり、クラスC空域内の谷底にあるLZ(Landing Zone, 降着地域)ではSVFRが必要となる。予報では、LZへの到着予定時刻の2時間後にVFR条件(シーリング1,000フィート、視程3マイル)になるとなっている。
この場合において、VFR条件になる前に任務を実施することが適切な判断だったと言えるであろうか。再度ブリーフィングを受け、リスクをより精密に評価したうえで、適切な任務承認権者(搭乗者の一人である可能性もある)からの承認を得るべきだったのではなかろうか。
決心
この任務は天候上のリスクが高いことが明らかだったにもかかわらず、SD(Spatial Disorientation, 空間識失調)やDVEへの対応行動についてブリーフィングが実施されず、再確認が行われなかった。このため、2番目のメカニズムは有効に機能しなかった。
危険見積が適切に修正され、再ブリーフィングが行われ、適切な権限を有する者により任務実施が承認されたとしよう。SVFRクリアランスで出発した航空機は、クラスG空域に入る。必要な1/2マイル(約800メートル)の視程(特定の方向において)を確保し、雲や霧を回避できている。
飛行ルートを進むにつれて、予定よりも遅れ始めたため、雲堤や霧を避けながら増速が行われた。ジェットコースターのように飛行しながら、目的地への到着時刻を守って、司令官を会議に間に合わせようとしたのである。この頃になって、機長は、なぜこのような天候状態で離陸してしまったのかと考え始める。
機長は、SDやDVEについてミッションブリーフィングで取り上げるほど重要なものとは考えておらず、クルーブリーフィングで言及するだけで十分だと思っていた。もしミッションブリーフィングでSDとDVEについての説明があれば、もっと準備を整えられたし、天候がVFRになるまで離陸を遅らせることもできたはずだった。
そのブリーフィングでは、TC 3-04.93「飛行要員のための航空医学訓練」を簡単に復習することになったであろう。その資料の9-18項には、SDへの対応策が次のように記載されている。
a. リスク要因を理解し、飛行前に前提条件を予測し、計画すること。
b. 航空搭乗員間のクルーコーディネーションを良好に維持すること。機長は、搭乗員が空間識を失った場合に、それを申告しやすいコックピット環境を確立しなければならない。また、SDにつながる要因を常に監視し、コックピットのワークロードを管理して、タスクの飽和を防止しなければならない。特に、2人のパイロットが同時にコックピット内に目を向けないようにしなければならない。
c. 任務の地理的環境、予報された天候と夜間の照度、そしてDVE運用が発生しそうな離陸、経路および着陸時の状況を評価すること。
d. 定められた最低気象条件以下、または天候が悪化している地域での有視界飛行を試みないこと。
e. 飛行計器を使用した航空機の制御に重点を置き、計器飛行への移行が可能な状態を維持すること。必要に応じて、速やかにIIMC(Inadvertent IMC, 意図しない計器飛行気象状態)手順を開始すること。
f. 計器を信頼し、正しく読み取ること。
g. SDが疑われるか、または認識された場合は、計器をクロスチェックしながら適切に参照すること。その際、自分の感覚は非常に強力で、打ち消すことが困難であることに注意すること。ツーパイロット機の場合は、空間識失調を宣言し、操縦を交代すること。(もう一人のパイロットが操縦を引き継ぐ準備ができていることを確認した後)
注: これはNTC(National Training Center, 国家訓練センター)で発生した事故などの教訓に基づいている。それらの事故では、パイロットが操縦を交代した際、もう一人のパイロットが操縦を受け取る準備ができておらず、両方のパイロットがSDに陥っていた。
操縦課程の教官操縦士は、「Terrain Flight Training Support Package (November 2018)」に基づき、SDを次のように定義していたはずである。

「SD(Spatial Disorientation, 空間識失調)とは、地球の表面に対する自己の位置、姿勢、または動きを判断できなくなることである(TC 3-04.93、パラグラフ9-1)。それには、未認識、認識、および無能力化の3つのタイプがある(TC 3-04.93、パラグラフ9-3から9-5)。未認識が最も危険であり、すべての作戦機のパイロットは、地形追随飛行中に長時間コックピット内に集中しすぎると、完全なSDに陥る可能性があることを認識しなければならない。SDとその予防法を理解することは、不意に操縦を引き継ぐ必要がある場合のリスクを軽減する。」
悪天候は時間とともに良くはならない
さらに飛行ルートを進み続けると、今度は地表から立ち上る霧の壁の周りを携帯電話の電波塔や送電線などの障害物を避けながら低空飛行し、迂回を繰り返すようになる。そして、天候がさらに悪化していることに気づく。
やっとのことで、ある程度視界の開けた谷を見つけ、クラスC空域の管制官に無線周波数を変更する。管制官は機体のコールサインを認識し、クラスCへの進入許可が出るまで旋回待機するように指示する。無線交信のために少し上昇しなければならず、雲層の間を旋回するのは方向感覚を失わせるが、操縦している機長は、天候が悪化し続ける中、ゆっくりと旋回を続けた。
この時、IFR(Instrument Flight Rules, 計器飛行方式)に移行するという、3番目のメカニズムは有効に機能しなかった。その結果、IMC(Instrument Meteorological Conditions, 計器飛行気象状態)の中をVFRでの飛行し続けることになってしまった。
何度かの旋回を繰り返した後、ついに管制官はクラスC空域への進入を許可する。機長は旋回から抜け出し、雲層を避けるために上昇を開始する。ところが、計器上は水平直線飛行をしているにもかかわらず、反対側に旋回しているように感じてしまう。その感覚は、操縦課程の授業で説明があったとおりであることを思い出す。
もし事前に研究できていれば、TC 3-04.93に説明されている平衡感覚の錯覚(前庭錯覚)に関する知識に基づき、自分が非常に危険な状況に陥ったことを理解できたかもしれない。
「前庭系は地上では正確な情報を提供するが、動的な飛行環境、特にDVEでは錯覚に陥りやすく、SDの脅威をもたらす。パイロットは平衡感覚の錯覚(前庭錯覚)とそれらが発生する条件を理解しなければならない。」
機長は、SOP(Standard Operating Procedures, 標準作戦規定)に示されたとおり、計器飛行に移行し、IIMC手順を実行すべきだったのである。


終幕
副操縦士は機長に、機体がまだ旋回しているように感じると伝えたが、機長は「心配するな。俺はまだ機体をコントロールできている。今は黙っていろ」と応えた。LZから1マイル(約1.6キロメートル)の距離で、機長は雲層の間を降下しようとして急激なバンクとピッチで機動を始めた。クルーコーディネーションが維持されなかったために、事故を防ぐことができたかもしれない4番目のメカニズムが有効に機能しなかった。
機長の操縦が乱暴になるにつれて、対気速度は急激に増加し、スピンと不規則な回転(タンブリング)が続くようになった。地面を視認できていない中、操縦はますます不規則になった。対気速度は180ノットを超え、降下率は毎分4,000フィートに達したことが確認されたが、それ以降の状況は不明である。
部隊の知識要件は満たされているか?
ある程度の飛行時間を持つ陸軍パイロットであれば、この架空のDVEの状況やその要因を理解できるであろう。任務を遂行しなければならないというプレッシャーを経験することは、誰にでもある。このような状況では、安全に任務を完了できるはずがないにもかかわらず、パイロットは何が何でも決行しようとしてしまう。
重要なことは、事故を回避するために複数のメカニズムが存在しており、パイロットである我々はそれらを十分に認識し、知識を新たにしておく必要があるということである。指揮官もまた、これらのメカニズムを十分に理解し、効果的な飛行計画、ミッションブリーフィング、意思決定、(SD、DVE、およびIIMCに対応するための)定められた手順の履行、そしてクルーコーディネーションに関する教育が部隊の訓練プログラムに組み込まれていることを自ら確認しなければならない。
標準化教官パイロットや航空安全士官は、パイロットの訓練が単なる形式的な義務の履行に終わるのか、それとも必要な知識を構築・強化する有効な再教育プログラムになるのかの違いを生み出すという重要な役割を担っている。その知識は、最適な意思決定を行い、任務を正しくブリーフィングし、必要に応じて変更/中止し、訓練や戦闘を「やり遂げろ」という強烈なプレッシャーに対抗できる搭乗員の育成を可能にする。
知識の惰性を打ち破れ
知識は、搭乗員が保有する最も強力なツールである。その利用を阻害する惰性を打ち破るためには、時間や労力を惜しまずに、効果的かつ双方向的な訓練を計画する必要がある。指揮官、標準化教官パイロット、および航空安全士官が高いレベルの訓練を実施するとともに、パイロット以外の搭乗員の参加を促進することは、大きな利益をもたらすであろう。
このような訓練は、人命と装備の損失から身を守るために必要な知識と情報をもたらす。強化すべき分野を特定し、それに応じて訓練の実施要領を調整して、訓練の時間とそこから得られる知識を最大化しなければならない。そのためには、年2回の部隊の現況把握を確実に行うことが欠かせないのである。
参考文献
- Army Regulation (AR) 95-1, Aviation Flight Regulations
- Training Circular (TC) 3-04.93, Aeromedical Training for Flight Personnel
- Terrain Flight Training Support Package (November 2018)
- UH-60 Series Aircrew Training Module (January 2018)
- Aircrew Coordination Training (ACT) Crewmember Sustainment Lesson (FY18)
訳者注:空域クラスは次のとおり区分されています。
AR95-1 Aviation Flight Regulationsは、米陸軍の航空機運用規則ですが、空域分類については連邦航空局(FAA)の定める基準に準拠しています。以下に、FAAが定める空域区分(クラスAからG)の意味を示します。(日本の空域区分とは少し異なっています。)
クラス A :通常、地表から18,000フィート(平均海面高度)から60,000フィート(平均海面高度)までの空域を指します。すべての航空機は計器飛行方式(IFR: Instrument Flight Rules)で飛行し、航空交通管制(ATC: Air Traffic Control)による分離が義務付けられています。高性能航空機や航空会社、貨物便などが主に利用します。
クラス B :国内の最も交通量の多い空港周辺に設定され、通常、地表から10,000フィート(平均海面高度)まで広がります。逆さのウェディング・ケーキのような形状で、空港のニーズに合わせて個別に設計されています。計器飛行方式(IFR)、特別有視界飛行方式(SVFR: Special Visual Flight Rules)、有視界飛行方式(VFR: Visual Flight Rules)での飛行が可能です。この空域を飛行するすべての航空機は、ATCの承認と指示に従う必要があります。ATCはすべての飛行を分離します。
クラス C :Class Bほどではないが、交通量の多い空港周辺に設定されます。通常、空港を中心に半径5海里の円(地表から4,000フィート(空港標高)まで)と、半径10海里の円(1,200フィートから4,000フィート(空港標高)まで)の二層構造になっています。IFR、VFR、SVFRでの飛行が可能です。進入前にATCとの双方向無線通信を確立し、維持する必要があります。ATCはIFRとSVFRの航空機をVFRを含む他の航空機から分離し、VFRの航空機には交通情報を提供します。
クラス D :運用中の管制塔がある空港周辺に設定され、通常、地表から空港標高2,500フィートまで広がります。IFR、VFR、SVFRでの飛行が可能です。進入前にATCとの双方向無線通信を確立し、維持する必要があります。ATCはIFRとSVFRの航空機をIFR/SVFRから分離し、VFRの航空機に対しては交通情報と回避助言を提供します。
クラス E :クラスA、B、C、D以外の管制空域を指します。地表から始まる場合や、700フィート、1,200フィート(地上高度)から始まる場合があり、通常はClass A空域の下限(18,000フィート平均海面高度)まで、またはその上の隣接する管制空域まで伸びます。連邦航空路(ジェット・ルート)、レーダー管制区域などを含みます。IFR、VFR、SVFRでの飛行が可能です。IFRおよびSVFRの航空機はATCの許可が必要です。IFR/SVFRの航空機はATCによって他のIFR/SVFRの航空機から分離され、可能な限りすべての飛行に交通情報を提供します。
クラス F :国際民間航空機関(ICAO: International Civil Aviation Organization)の分類には存在しますが、米国では一般的に使用されていません。通常、航空交通助言サービスや飛行情報サービスが提供される非管制空域として定義されます。
クラス G :非管制空域であり、Class A、B、C、D、Eのいずれにも指定されていない空域です。通常、地表からその上のClass E空域の下限まで広がります。IFRまたはVFRの規則に従って飛行できます。ATCの権限は及ばず、明確な進入や交信の要件はありませんが、パイロットはVFRの最低気象条件を満たす必要があります。ただし、空港周辺での位置報告は推奨されています。
出典:FLIGHTFAX, U.S. Army Combat Readiness Center 2025年06月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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