整備記録への記入を怠るな
有人または無人機の整備作業や故障探求が終了した後、航空機整備記録をきちんと記入する暇がないと感じたことがありませんか? 陸軍省パンフレット738-751「陸軍整備管理システム機能別ユーザーマニュアル(航空用)」によれば、整備を行った際には、整備記録への記入を必ず行うこととされています。
記入を行わないことは「手抜き」であると言う人がいる一方で、記入に時間を費やすことは任務遂行の妨げになると考える人もいます。いずれにしても、自ら記入しなかったり、あるいは記入しないように整備員に指示したりすることは、陸軍から示された手続きに対する重大な違反行為となります。この規定は、不具合を記録し、整備履歴を残し、作業記録を保存して、航空機の安全性を確保するために定められたものなのです。
整備記録の記入は本当に重要なのか?
発生した不具合が軽微な場合であっても、整備記録を記入する必要があるのでしょうか? 整備記録に記載されたちょっとした記事が航空機の安全性確保にどれほど重要であるかを明らかにするため、ある状況を想定してみましょう。
海外派遣中のUH-60Lが、ごく一般的な任務を遂行するため、離陸の準備をしているとしましょう。地上試運転中に行うスタビレーターの作動点検で異状が発見されます。この不具合は飛行禁止状態に該当するので、機長は、飛行指揮所を通じて、アビオ整備チームによる対応を要請します。そのチームは、システムの試験および配線コネクターの接続状態の点検を行います。その後、パイロットがスタビレーターの作動点検を再度行うと、今度は正常に終了します。
整備員の1人が、離陸予定時刻に間に合わせるため、このスタビレーターの異状を整備記録に記入しないことを決定します。記入を行うべきであることは誰の眼にも明らかですが、陸軍航空で勤務したことのある者であれば誰もが分かるとおり、記入せずとも問題がないと判断する場合も多いのです。記入を行わないことで、任務が中止になることを回避し、航空機の非可動時間を減少させ、指揮系統への負担を軽減させることができるからです。このため、搭乗員たちは、整備記録への記入を行わないまま離陸し、何事もなく任務を完了してしまいます。
数日後、別の搭乗員が、同じように恒常的な任務を遂行するため、当該機体で飛行していました。すると、任務遂行中に、スタビレーターの自動モードに故障が発生します。当該機に搭乗していた整備員と試験飛行操縦士は、他のパイロットたちから当該機のスタビレーターの自動モードに一時的な不具合が発生していたことを聞いていましたが、その不具合が復旧しないケースは聞いたことがありませんでした。それでも機長は任務継続を決心し、副操縦士に手動モードを使用してスタビライザーを40ノット未満でフルダウンに、40ノットを超えるとゼロにするように指示します。
任務は最終段階を迎え、最後の降着地域を離陸して宿営地に帰投しようとします。ピッチを引き、超低空飛行を継続しながらピナクル(狭隘な山頂部)から降下するため、エアスピード・オーバー・アルティチュード・テクニック(訳者注:安全に上昇できる速度を獲得するまで、高度20フィート以下を保ち続けること)を利用しようとします。長い任務が終わってほっとした気持ちになっていた搭乗員たちは、対気速度が40ノットを超えたにもかかわらず、手動でスタビレーターの角度をゼロ度にすることを失念してしまいます。機体が加速を続け、対気速度が100ノットに達すると、操縦かんを操作していないのにもかかわらず、機首が押し下げられ始めます。突然、縦方向の操縦が困難になった機体は、そのまま地面へと墜落してしまいます。その結果、機体は完全に大破し、搭乗員は死亡してしまうのでした。
なぜ、整備記録への記入が必要なのか?
この想定上の状況は、悲劇に終わってしまいました。もし、整備記録への記入が行われ、当該機の整備員や試験飛行操縦士がスタビレーターの自動モードの不具合に関する履歴を把握していたならば、どうだったでしょうか? 自動モードに異状が発生し、手動モードに切り替えなければ飛行を継続できないような不具合が発生するたびに、その時の搭乗員が記入を行っていれば、どうだったでしょうか?
この想定上の状況においては、整備記録への記入が行われなかったため、機体の詳細な検査やスタビレーターの試験が行われない状態が続いてしまいました。故障が発生した際の搭乗員がその都度異なっており、そのうえ整備記録への記入を怠っていたため、スタビレーターの故障は一過性のものとして処理され、整備記録には「フライトNo.X OK」としか記載されていなかったです。整備記録への記入が行われていたならば、当該機は飛行停止となり、適切な整備や故障探求が行われ、スタビレーターの不具合が解消され、機体を完全な任務可能状態にすることができたはずだったのです。
さて、あなたはどうする?
この想定上の状況を読み、整備記録への記入の重要性を理解できた上で、今後、機体に整備上の問題が発生したときにはどうしますか? 一時的な不具合であった場合や、配線を小刻みに動かしただけでシステムが正常に作動し始めた場合に、整備記録には記載する必要がないと整備員に指示しますか? 部隊によっては、任務に向けて離陸しようとしている時に、一時的な不具合が発生しても、それが解消されていれば、当該機の状態記号に赤「✕」(レッド・クロス)は付けない、という暗黙の方針があるかも知れません。
整備記録を記入しないことへの言い訳は、いくらでもあります。しかしながら、異状発生の履歴、特に飛行システムに関する履歴が残っていないと、整備系統や整備員たちによる問題の追跡や解決が極めて困難になってしまうのです。何らかの理由により正常に復帰した一時的な不具合についての履歴を記録しないことは、品質管理班が部品のオーバーホール間隔を把握していないのと同じように、システムまたは個々の部品の不具合の発生状況を把握できなくしてしまうのです。整備記録に記録することによって、整備員や試験飛行操縦士に対する情報の可視化をうながし、機体システムのさらなる機能低下を防止し、より詳細な点検やより高いレベルの整備組織への後送を行うことが可能になるのです。
先ほど紹介した仮想の状況において、悲惨な事故が引き起こされたのは、いくつかの要因が重なってしまったのが原因でした。しかし、そのうちの重大な要因のひとつは、整備記録への記入を怠ったことなのです。これから先、機体に不具合があった際に、整備員として整備記録に記入しないように指示されたり、または指揮官として部下に記入しないように指示したり、あるいはパイロットとしてフライトを「OK」としてサインしようとしている場面を思い浮かべてください。その機体の次の搭乗員たちは、他の誰かが整備記録への記入を怠ったがゆえに、無事で家に帰れないことになるかもしれないのです。
出典:FLIGHTFAX, U.S. Army Combat Readiness Center 2021年02月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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