人はひとりでは生きられない
私たちは、毎日のようにテレビを見たり、電子メールやテキスト・メッセージを送受信したり、電話をかけたりしています。このため、十分なコミュニケーション能力が身についていると思いがちですが、はたして本当にそうでしょうか? 必ずしもそうではないのです。私の経験を紹介しましょう。
それは、コネチカット州での、NVG(night vision goggle, 暗視眼鏡)を使用した、いつもどおりの飛行でのことでした。ある機長 (pilot in command, PC) と一緒にラウンドロビン(round-robin, 往復飛行)を行い、ローカルでのNVG飛行を訓練することになりました。その機長には、あまり良い印象を持っていませんでしたが、その日の飛行はごく単純なものだったので、あまり気にしていませんでした。いつもどおりに、搭乗するCH-47の飛行前点検と搭乗員ブリーフィングを行いました。その後、エンジンを始動し、ホバリング・チェックを行ってから離陸しました。
それから35分間、ブリッジポートにある小さな空港へと向かう飛行の間は、何事もありませんでした。最初にタワーに連絡を入れると、次のような指示がありました。「ノマド78、そちらの位置は、空港の北東8マイル。3マイル手前で報告し、ランウェイ29に進入せよ」私は「了解。ダウンウインドまで3マイルで報告。ランウェイ29」と返信しました。
機首方位は200度だったので、ランウェイ29は右前方に見えるはずでした。しかし、ブリッジポートのすぐ手前にある滑走路がどうしても確認できませんでした。約4マイル手前まで来た時、機長にそのことを報告しました。機長は「そのまま飛び続けろ」と答えました。
私は、計器に従って空港に向かって飛び続けるほかありませんでした。3マイル手前の地点で無線報告をしましたが、だんだん不安になってきました。トラフィック・パターンを小型の固定翼機が3機飛行しているのが見えましたが、どうしても滑走路は確認できませんでした。そのことを機長に伝えたかったのですが、すでにそのまま飛行するように指示されていたので、言うのをためらってしまいました。約1マイル手前で、私は機長に「操縦を交代してください」と言い、まだ滑走路が確認できないことを付け加えました。機長から返事がなかったので、同じことをもう一度言いました。それでも、返事はありませんでした。実は、機長も私と同じ問題を抱えていたのです。ただし、その時点では私にはそれが分かっていませんでした。
混乱の中、機長は左に旋回するように指示し、私はそれに従いました。これが状況をさらに悪化させることになりました。滑走路29へのファイナル・アプローチに入り込み、別の航空機の進入を遮ってしまったのです。幸いなことに、その航空機は、進入を中止して、衝突を回避してくれました。
私には、何が起こったのか分かりませんでした。今回のような単純な飛行で、このようなことが起こるのは、通常、あり得ないことです。タワーからは、北に旋回して空域を離脱するようにするように指示されました。その後の飛行は、何事もなく終わりました。空港に着陸した後のデブリーフィングで、機長は私にこう言いました。滑走路が確認できていないのだったら、もっと早く言え。
この事例から得られた教訓は、私たちは二人とも間違っていたということです。私は、状況が認識できていないことを、もっとはっきりと言うべきだったのでしょうか? そのとおりです。機長は、自分も私と同じ状況にあることを、私に知らせるべきだったでしょうか? もちろん、そうです。私たちは、お互いに話し合い、助け合い、協力し合うべきだったのです。
その飛行は、クルー・コーディネーションの教育を毎年受けることになっている理由を分からせてくれました。もし、もっとオープンで明確なコミュニケーションがとれていれば、あんな経験をしなくて済んだのです。幸いなことに、悲惨な事故には至らず、貴重な教訓を得るだけで済みました。
ジョン・ダン(イングランドの詩人・作家)の有名な言葉に「人はひとりでは生きられない(No Man is an Island)」というのがあります。これは、特に航空機搭乗員が心に刻んでおくべき言葉です。離陸回数と着陸回数を確実に一致させるためには、コミュニケーションが欠かせないのです。
出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2023年09月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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5件のコメント
部下の仕事は、怒られること。
指揮官の仕事は、助けられることです。
たいへん印象的なお言葉です。
しかしそれぞれ後ろに続きがあるように思えます。
怒られても懲りない部下は問題ですし、力不足に甘んじる指揮官は有害でしょう。
拙い推測ですが「部下の仕事は叱られて成長すること。指揮官の仕事は助けられながらチームを伸ばすこと」という解釈で合ってますか?
コメントありがとうございます。
解釈していただいたとおりです。
「怒られたくない」「助けなんかいらない」という考えは、良くないと思いました。
自分自身の反省も含めて...
飛行場の視認、ランウェイの視認等が1人でも出来ない状態で飛行を継続してはいけません。しかも夜間のVFRで、他機もいる飛行場。自殺行為に等しい。。
コメントありがとうございます。
私は整備屋なのでイメージが湧いていなかったのですが、そういうレベルなんですね。
今後とも、よろしくお願いします。