副操縦士の体調不良による単独飛行
ある夏の日、私は、新人のパイロットと一緒に、キングエア350でレディネス・レベル昇級のための飛行訓練を行っていました。予定していた訓練課目をすべて終了し、飛行の終わりが近づきました。副操縦士は、北東地域内を飛行しながら、RNAV(広域航法)、ILS(計器着陸)、およびVOR(超短波全方向式無線標識)アプローチを複数回実施し、そのすべてにおいて基準を満足しました。私は左席に着席しており、副操縦士は、テターボロ空港にRNAVアプローチを行うため、FMS(飛行管理システム)をセットアップしていました。飛行開始から4時間近く経過した時、副操縦士の具合が悪そうに見えました。大丈夫かと聞いたところ、吐き気がするという答えが返ってきました。この時、通常の計器進入を行うだけの飛行が、国内で最も忙しい空域のひとつでの緊急事態へと変わりました。
副操縦士は、飛行機酔いをすることが時々あると言った直後、最悪の状態に陥りました。今にも嘔吐しそうに見えたので、機体の後ろに行くように指示しました。吐いてしまって気分が良くなった副操縦士は、コックピットに戻ろうとしました。しかし、頭上のスイッチパネルに頭をぶつけた途端に、乗り物酔いが再び悪化してしまいました。残りの飛行の間、副操縦士はキャビンから戻って来られず、嘔吐し続けていました。
混雑した空港のターミナル・エリアに進入した私は、無線機を操作し、アプローチコントロールを別周波数のアプローチに変えたり、最終的にはグランド周波数で駐機の指示すら受けたりしました。続いて、FMS(飛行管理装置)を操作し、アプローチが正しいシーケンスでロードされていることを確認しました。これで、着陸時のチェック項目を終了することができました。キングエアで単独飛行訓練を経験していた私は、1人でも到着、進入、着陸を特に問題なく実施することができました。キングエアで単独飛行を行うことは、常識外れのことではありません。世界中で使われているこの機体のほとんどは、1人のパイロットで運航されているのです。もちろん、陸軍やほとんどの保険会社は、2人のパイロットによる運航のほうが優れていると言うでしょう。ただし、訓練を適切に実施すれば、たとえ1人であっても、同じように安全な運航を行うことが可能なのです。
私の所属していた部隊では、他の陸軍飛行部隊とは異なり、単独飛行訓練が実施されていました。SOP(標準操作手順)、適用されるすべての規制、承認されたリスク評価ワークシート等の実施要件が順守され、FAA(連邦航空局)が定める単独飛行認証要件が満たされていました。単独飛行を訓練しておくことにより、柔軟性を保持し、いかなる状況においても航空機を安全に着陸させることが可能になりました。これがまさに、私が陸軍部隊の航空機搭乗員訓練プログラム(aircrew training program, ATP)内に単独飛行訓練を組み込むことを提唱している理由です。その訓練は、格式ばったものである必要はありません。教官操縦士が副操縦士に操縦を交代し、機体すべてを自分のものと考えて操縦するように指示するだけの簡単なものでもいいのです。何年にもわたって、多くの同僚たちに、この課目を追加し、その成果を得られるようにすべきだと働きかけてきました。この訓練には、いくつかの利点があります。それは、課目および時間の管理、操作の配分、注意の配分、そして先を見越した操作について修得できることです。
この訓練においては、教官操縦士は、副操縦士の操作に細心の注意を払い、問題点を把握し、その良好な点と改善すべき点をデブリーフィング時に明確に示すことが重要です。また、各人の技量および経験を個別に把握した上で、訓練の細部要領を調整する必要があります。たとえば、経験豊富かつ有能なパイロットであれば、右座席に静かに座り、必要に応じて監視・援助するものの、基本的には航空機の始動から停止までのすべての操作を行わせます。一方、若手のパイロットであれば、操縦操作を行っている間の無線通話だけは援助することになるでしょう。通常は操縦していないパイロットが行う操作を自ら行わなければならないことは、ワークロードを増加させることになりますが、それが直ちに不安全につながるわけではありません。陸軍のパイロットには、航空機搭乗員訓練マニュアル(aircrew training manual, ATM)またはSOPに従い、定期的に訓練を実施することが義務付けられています。このような安全性確保を重視した環境を無駄なく活用するためには、単独飛行訓練を実施することで従来の容易な状況での訓練から脱却し、さらなる技量の向上を図るべきです。
ただし、だからと言って、陸軍が完全に搭乗員の構成を変更することを求めているわけではありません。パイロットが2名いることには、多くの利点があります。特に、混雑したターミナルエリア、緊急操作、悪天候などにおけるワークロードで軽減できることが明らかです。また、飛行中の急病、レーザー攻撃などの不測事態などにより1人のパイロットが操縦できなくなった場合においても、もう1人のパイロットにより安全に飛行を継続することができます。
結論として述べたいことは、自分が訓練および安全を重視する組織の一員であることに感謝している、ということです。嘔吐している副操縦士が航空機を着陸させるのは非常に困難ですが、1名のパイロットで着陸させるのはそれほど難しいことではありません。ただし、もし、私が単独飛行に習熟していなかったとしたら、デブリーフィングの内容はもっとひどいものになっていたに違いありません。幸いなことに、この飛行のデブリーフィングでは、酔い止め薬の使用と適切なゴミ箱の選定について話し合うだけで済んだのです。
出典:Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2022年07月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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4件のコメント
「無線機を操作し、アプローチ・コントロールをグランド・トゥ・パーク(ground to park)に変更」の部分の原文は、「I handled the radios, switching from one approach controller to another and, inevitably, with ground to park.」です。
ちょっと私には意味が分からなくて、ひょっとすると誤訳しているかも知れません。
ご助言を頂けると、助かります。
「アプローチ・コントロールをグランド・トゥ・パーク(ground to park)に変更しました。」
との訳より、「アプローチコントロールを別周波数のアプローチに変えたり、最終的にはグランド周波数で駐機の
指示すら受けました。」の方がより正確な気がします。
その後の訳の、続けて、との時系列が誤解を招く気がしますが・・・
参考にして頂ければ幸いです。
ありがとうございます。
「ground to park」という進入管制要領があるのかと思ったのですが、そうではないのですね。
時系列の問題はありますが、ご提案いただいたとおりに修正させていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。
個人的には、陸軍機に2名のパイロットが配置されている究極の理由は、こちらに書かれていることだと思っています。
敵地上空での被弾