AVIATION ASSETS

陸軍航空の情報センター

過去の記事から:新しい事故など存在しない(前編)

退役中佐 W・レイ・マキニス

駐機場で飛行前点検を行うAH-64アパッチと搭乗員

2005年8月号『Flightfax』より転載

執筆者注:本稿は、私が米陸軍戦闘即応・安全センター(U.S. Army Combat Readiness/Safety Center)で4年間、事故調査委員長を務めたのちに書いたものです。この間に、私自身が17件の調査を指揮し、さらに200件を超える調査について、報告書の作成と審査に関わってきました。調査官の間では、「新しい事故など存在しない。あるのは過去の事故の繰り返しだけだ」と言われています。ここで取り上げる事故を読んでいただくことで、次の繰り返しを避ける一助になればと思います。本稿は、私自身が調査を担当した航空事故について述べる2編の記事の1編目です。後編は来月号の『Flightfax』に掲載します。

規則は守るためにある

私が最初に調査した事故では、機長は経験豊富な軍属(Department of the Army Civilian, DAC)の操縦士であり、その人物がミスを犯しました。どれほど経験豊富だったのか。回転翼機での飛行時間15,000時間といえば、お分かりいただけるでしょうか。そのとおり、回転翼機で15,000時間です。その操縦士が白昼、その飛行空域に15年以上前から張られていた電線に接触したのです。そこに電線があることを、彼は知っていました。何千回も越えてきた電線でした。地図にも記載されていた電線でした。

なぜ、そのようなことが起きたのでしょうか。第一に、その機長は記憶に頼って航法を行っていました。同じ空域を20年も飛んでいれば、それでやれると思えてくるものです。学生操縦士が現在位置を尋ねたとき、彼は視線をコックピット内に移し、地図上の1点を見つけて学生に示しました。このため、樹林の陰から高圧線が現れるという決定的な場面で、2人とも視線がコックピットの中に向いていました。電線に気づいたときには、すでに手遅れでした。彼は操縦を交代し、電線の下をくぐろうとしましたが、果たせませんでした。幸い、15,000時間の経験があったため、機体を制御したまま墜落させることができ、重大な負傷者は出ませんでした。しかし、機体は大破しました。

この事故を防ぐための基準は、すでに定められていました。旅団の作戦規程(standard operating procedure, SOP)は、超低空飛行中は一番高い障害物から50フィート(約15メートル)以上の高度を保つことを求めていました。また、障害物に囲まれた開かつ地へ降下することも禁じていました。操縦していた学生操縦士は、50フィートを下回って飛行していただけでなく、奥に電線のある開かつ地への降下も行っていました。搭乗員が基準に従って飛行していれば、この事故は起きなかったのです。

部隊で最も優秀な操縦士2名

教官操縦士(instructor pilot, IP)と試験飛行操縦士(maintenance test pilot, MTP)からなる経験豊富な搭乗員が、年次の練度確認飛行を行うことになりました。搭乗員2名の飛行時間は、合わせて5,000時間を超えていました。中隊で最も経験のある3名のうちの2名でした。指揮系統は、この任務も搭乗員の組み合わせも「リスクなし」に近いものとみなしていました。この2人が問題を起こしたことなど、一度もなかったのです。

搭乗員は、夜間暗視システム、計器飛行、編隊飛行、場周経路での飛行、山地飛行を含む飛行計画を立てました。リスク評価ワークシート(risk assessment worksheet, RAW)を作成し、中隊長のブリーフィングを受けました。飛行前点検を済ませ、燃料が十分にあることを確認したうえで離陸し、実技試験のうち山地飛行の科目を先に行うため、そのまま山地へ向かいました。2人は、標高10,500フィート(約3,200メートル)にある比較的狭い降着地域(landing zone, LZ)を選び、着陸のための進入を試みました。一番高い障害物より低い高度まで下りたところで、AH-64Aの前席にいた試験飛行操縦士は着陸を取りやめ、降着地域から上昇して離脱しようとしました。機体が上昇を始めると、ローターの回転速度が低下し、搭乗員はこれを回復できませんでした。出力を使い切っていたのです。機体は高さ50〜60フィート(約15〜18メートル)の樹木の中へ降下し、横転して右側面から接地し、大破しました。試験飛行操縦士は頭部を負傷し、教官操縦士は切り傷と打撲を負いました。

任務前に行ったパフォーマンス・プランニングでは、この機動を行うのに十分な出力があるとされていました。では、何が起きたのでしょうか。事故調査委員会は、事故当時の余剰馬力が2パーセント未満であったと認定しました。2パーセントです。これほどの経験を持つ操縦士2名が、なぜ、最終進入で風向が変われば深刻な事態になりかねない状況に自らを置いたのでしょうか。そして指揮系統は、なぜ燃料を満載したまま山地へ向かうことを許したのでしょうか。1つ目の問いの答えは、自らの技量への過信です。これは、事故の原因として最も多いものの1つです。2つ目の問いの答えにこそ、この事故の教訓の核心があります。

ブリーフィングを行った中隊長は、2人が先に山地へ向かうつもりであることを知りませんでした。2人が選んだ狭い降着地域へ行くことも知りませんでした。任務のブリーフィングでは訓練場所が演習場としか示されておらず、具体的な降着地域は示されていなかったのです。余剰馬力が5パーセントを下回ることも知りませんでした。リスク評価ワークシートには余剰馬力10パーセント未満と記されているだけで、計画上の2パーセントは記されていませんでした。中隊長が知っていたのは、部隊で最も優秀な操縦士2名が実技試験に出るということ、そして自分が計画立案について問いただす必要のない相手だ、ということだけでした。彼が誤ったのは、まさにこの点です。問いただすべきだったのです。大尉諸君、心に留めてください。上級のウイングマークを着けていないからといって、質問できないわけではありません。誰かが問いただしてさえいれば、搭乗員自身も山地へ向かう前に場周経路を飛行して燃料を減らす必要があることに気づいたはずです。

技量は、やはり失われる

教官操縦士は、いつも「技量は失われるものだ」と口にします。私を含め、たいていの者は、それを聞き流し、議論を避けるために適当にうなずいてきました。しかし今では、私はそれを信じています。その理由をお話しします。

飛行時間8,000時間の教官操縦士が、ナショナル・トレーニング・センター(National Training Center, NTC)での受け入れ・集結・前進・統合(reception, staging, onward movement, and integration)の期間中に、UH-60で暗視眼鏡(night vision goggle, NVG)を用いた現地環境での検定を実施していました。機上には操縦士3名、機付長(crew chief, CE)2名、訓練教官(standardization instructor, SI)1名が搭乗しており、その夜は月明かりがなく、西から突風が吹いていました。任務は、操縦士3名を右席で交代させながら訓練し、訓練教官が機付長の訓練にあたるというものでした。飛行の前半は無事に進み、2人目の訓練対象の操縦士が右席に移りました。その操縦士が30〜45分ほど飛行したところで、教官操縦士が操縦を代わり、南向きの横風着陸と離陸を展示すると告げました。教官操縦士は着陸を無事に終え、離陸前点検を実施しました。そして出力を上げて離陸し、上昇を始めました。しかし、砂塵雲を抜け出せないまま、地面に激突しました。機体は転覆し、大破しました。教官操縦士と機付長1名が重傷を負いました。

事故調査委員会は、複数の要因がこの事故に関与したと判断しました。南側には、当該機と駐屯地との間にある尾根が作り出す偽の水平線がありました。尾根は、右から左へ下っていました。風向は270度から330度の間で変わりやすく、風速は20〜25ノット(時速約37〜46キロメートル)でした。委員会は、操縦していた教官操縦士が離陸直後に意図しない左旋回を始めていたと認定しました。これはおそらく、偽の水平線の影響によるものです。左旋回と変わりやすい風により機体は背風状態に入り、教官操縦士はダウンウォッシュが巻き上げた砂塵を振り切れなくなりました。砂塵雲が、機体とともに流されていったのです。最後に、その夜ずっと向かい風で離陸していた間は十分だった出力操作が、背風状態では上昇を維持するのに足りませんでした。

委員会の最も重要な認定は、この教官操縦士は暗視眼鏡飛行の資格こそ有効であったものの、直前の8か月間の暗視眼鏡による飛行時間が10時間に満たなかった、という点です。さらに、展開前の訓練演習にも参加していませんでした。委員会は、彼は暗視眼鏡飛行の資格は有効でも、練度は十分でなかったと判断しました。これがナショナル・トレーニング・センターの厳しい環境と重なり、惨事に至りました。この教官操縦士の「失われやすい技量」は、所在する駐屯地で十分に訓練されておらず、ナショナル・トレーニング・センターで確実に力を発揮できる状態になっていなかったのです。この事故には、次の教訓につながる、もう1つの重大な問題がありました。

クルー・コーディネーションが機体と人命を救う

前項で述べた離陸の間、機内の他の誰からも、この教官操縦士への助けはありませんでした。副操縦士も機付長2名も、機体が予告のない左旋回に入っていることに気づいていました。全員が横風状態にあることを承知していましたが、旋回していると教官操縦士に告げた者はいませんでした。委員会は、その理由を不思議に思いました。3人の説明はいずれも、教官操縦士は自分が何をしているか分かっているはずだと思った、というものでした。全員が以前から何度も一緒に飛んでおり、3人とも教官操縦士を疑いなく信頼していました。この現象は、しばしば「過度の遠慮(excessive professional courtesy)」と呼ばれます。これは、経験の浅い搭乗員が、何かがおかしいと分かっていながら、より経験のある搭乗員に問いただせないときに起こります。こうしたことは、頻繁に起きています。(『Flightfax』2003年2月号参照)

もう1つの例は、MH-6Jの教官操縦士が、隊員を卸下するため、付近に障害物のある高所の着陸点へ進入したときのものです。副操縦士は後に、以前の反復時よりも高度が低く障害物に近いことは分かっていたが、教官操縦士は自分が何をしているか分かっているはずだと思い、何も言わなかった、と述べています。ローター・システムが障害物の1つに接触し、機体は墜落して修復不能となりました。副操縦士は重傷を負いましたが、現在は完全に回復しています。ここで学ぶべき教訓は、「おかしいと思ったら、口に出せ」ということです。1機に搭乗する2名から6名の隊員が「搭乗員組(クルー)」と呼ばれるのには、理由があります。助けがなければ、誰もが個々にミスを犯します。そのミスを回避させてくれるのは、共に飛ぶ仲間なのです。

訳者コメント:
筆者のW・レイ・マキニス中佐は、米陸軍戦闘即応・安全センターで航空事故調査委員会の委員長を4年間務めた人物です。米陸軍では、重大な航空事故が起きると同センターが調査委員会を編成し、委員長(board president)が調査を指揮して、事実の認定と勧告をまとめます。本文の「認定した」という記述は、この委員会が公式に認定した事実を指します。陸軍の安全プログラムと事故調査の枠組みは、本サイトの参考資料に掲載しているAR 385-10に定められています。
最初の事案で問題になった「超低空飛行中は一番高い障害物から50フィート(約15メートル)以上」という旅団の作戦規程は、地形や植生を利用して低空を飛ぶ超低空飛行の高度の下限です。超低空飛行には低高度水平飛行・地形に沿う飛行・ほふく飛行の3方式があり、いずれも飛行経路上の最も高い障害物から200フィート(約61メートル)以下を飛びます。部隊はこれに加えて、現地の電線や鉄塔の状況に応じた独自の制限を作戦規程で定めます。
2つ目の事案の「余剰馬力」は、その時の気温・気圧高度・機体重量で使用できる出力と、ホバリングや上昇に必要な出力との差です。パフォーマンス・プランニングは、飛行前にこれを算出して性能計画カードに記録する作業で、標高10,500フィート(約3,200メートル)の降着地域では空気密度が低く、必要な出力が平地より大きくなります。余剰馬力2パーセントは、最終進入で風向がわずかに変わるだけで上昇できなくなる値であり、燃料を満載したまま山地へ向かったことが、直接この状態を招いています。
リスク評価ワークシートに「余剰馬力10パーセント未満」とだけ記されていた点は、米陸軍の任務承認の仕組みに直結します。AR 95-1(本サイトの参考資料に掲載)は、任務の初期承認、計画立案とブリーフィング、最終承認という3段階を踏み、各段階でリスクを下げていくことを定めています。中隊長がブリーフィングで具体的な降着地域や余剰馬力を問わなかったということは、この中間段階が形だけになっていたということです。筆者が大尉に向けて「質問できないわけではない」と書いているのは、この段階を担うのが中隊長であることを踏まえた指摘です。
3つ目の事案の「資格は有効でも練度は十分でなかった」という認定は、規定の飛行経験を満たして資格が保たれている状態と、実際に安全に飛べる技量とを区別する考え方によるものです。直前の8か月間で暗視眼鏡による飛行が10時間に満たない状態は、規則の上では飛行できても、砂塵の中での離陸のように余裕のない場面では対応しきれません。
最後の「過度の遠慮」は、経験の浅い搭乗員が、おかしいと気づいていながら先輩に指摘できない状態を指す安全分野の用語です。本文の事案では、副操縦士と機付長2名の3人が機体の予告のない左旋回に気づきながら、誰も口に出していません。クルー・コーディネーションは手順を守るかどうかの問題である以上に、この遠慮を断ち切れるかどうかの問題でもあります。
訳出にあたり、原文が全文大文字で強調していた2か所(大尉への呼びかけと「おかしいと思ったら、口に出せ」)は、太字で強調を再現しました。また、原文のこのページには写真・図表がないため、冒頭の画像は米陸軍戦闘即応センターが公開している素材から選んで添えたものであり、本文の事案とは関係ありません。
                               

出典:There are NO New Accidents (Part I), FLIGHTFAX, U.S. Army Combat Readiness/Safety Center 2011年11月

翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人

備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

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