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陸軍航空の情報センター

マスト・モーメントの超過

本人の希望により氏名非公開

執筆者注:本稿は、タスク2125「狭隘な山頂部・稜線での離着陸」の実施中に発生したクラスC事故について、当事者の立場から事象の経過と要因を検討したものです。この事案は、飛行において、効果的なクルー・コーディネーション、タスク基準の遵守、航空規律および機体の確実な操縦がいかに重要であるかを浮き彫りにしています。

事故発生前の状況

私は教官操縦士(Instructor Pilot, IP)として、副操縦士(Pilot, PI)に対するレディネス・レベル2(Readiness Level 2, RL2)の訓練飛行を、UH-72Aラコタで実施していました。この副操縦士はCH-47Fからの機種転換者で、すでにUH-72Aの機長資格も有していました。搭乗員は、教官操縦士、副操縦士、訓練教官(Standardization Instructor, SI)および機付長(Crew Chief, CE)の4名でした。主な訓練課目は、タスク2125「狭隘な山頂部・稜線での離着陸」でした。副操縦士は前日にも別の教官操縦士とともに、機付長を同乗させずにこの課目を何度も反復しており、いずれも基準どおりに実施できたことが副操縦士の訓練記録に記載されていました。

事故発生時の状況

事故は、部隊の航空施設から北西に25海里(約46キロメートル)離れた訓練場で発生しました。訓練場に到着した搭乗員は、地域の高空偵察を行い、北西側にある盛土を発着地に選定しました。搭乗員全員が、降着地域を目視で確認したと報告しました。副操縦士は、盛土に向けてゆっくりと制御された進入を開始しました。速度が50ノット(時速約93キロメートル)を下回ると、訓練教官と機付長は降着地域がよく見えるようにキャビン・ドアを開けました。

進入降下の間、搭乗員は、風向風速、地表の状態、障害物、進入経路と離脱経路、中止の条件、着陸の接地点のいずれについても、口頭で確認し合うことがありませんでした。機体が山頂部の上でホバリングに入ると、機付長はスキッドが地表に接触したと伝え、機体を下げるように誘導しました。しかし機付長は、スキッドのどの部分が山頂部に接しているのかを明示しませんでした。

副操縦士は機外に注意を向けたまま、コレクティブを下げ続けました。私はコックピット内のプライマリ・フライト・ディスプレイ(Primary Flight Display, PFD)を監視し、計器類、とりわけマスト・モーメント指示器を追いながら、操縦装置に軽く手を添えていました。副操縦士がコレクティブをさらに下げていくと、機体は山頂部の斜面を後方へ滑り始めました。副操縦士はサイクリックを前に倒してこの動きを止めようとしましたが、マスト・モーメントは50パーセント超のコーション範囲に近づいていきました。私は「マスト・モーメント」と発声し、機付長は「後ろに滑ってます」と伝えました。

機体が後方へ滑り続ける間に、マスト・モーメントは90パーセント超の最大許容範囲を突き抜けていきました。マスト・モーメントが最大制限値を超えたとき、何かが擦れる音がはっきりと聞こえ、その瞬間に訓練教官が「上げろ、上げろ、上げろ!」と叫びました。副操縦士は即座にコレクティブを引き、機体を山頂部から離脱させました。私は副操縦士に対し、機体を前方の平地へ降ろしてシャットダウン手順に入るよう指示しました。滑り始めから離脱までの一連の経過は、わずか2.4秒の間の出来事でした。

事故発生後の状況

私たちはシャットダウンに先立って直ちにフライト・オペレーション(flight operations)に連絡し、これを受けて初動対処計画が発動されました。機体を点検したところ、メイン・ローター・ブレード3枚とワイヤー・ストライク・プロテクション・システム(Wire Strike Protection System)に損傷が認められ、クラスC事故となりました。

教訓事項

この事故はクルー・コーディネーションの崩れ、意思疎通の欠如、不適切な機体操縦、タスク基準の遵守の不徹底を直接の原因とする、防ぐことができたものでした。副操縦士の技量に対する過信は、前日に良好な成績を収めていたことと、この機種での飛行時間が多かったことから生じたものであり、それが慢心を招きました。私は、効果的なクルー・コーディネーションと意思疎通の環境を作ることができず、また、タスク2125の実施要領を定めたUH-72A搭乗員訓練マニュアル(Aircrew Training Manual, ATM)からの逸脱を、その場で是正することもできませんでした。

同種事故を防ぐため、搭乗員は次の重要な指針を守らなければなりません。

航空には、高い規律、絶え間ない警戒、そして定められた基準の揺るぎない遵守が求められます。教官操縦士として、こうした搭乗員の連携の崩れを早期に見つけて是正し、安全で標準化された運航を確保するのが私の責任です。私は今、この教訓をすべての飛行の計画、ブリーフィング、実施のやり方にそのまま生かしています。

訳者コメント:
本記事は事故の経過を淡々と記していますが、スキッドの接地からブレードの損傷に至る機序は説明していません。鍵となるのは、UH-72Aのローター構造です。UH-72Aはエアバス・ヘリコプターズ製EC145の軍用型で、メイン・ローターはフラッピング・ヒンジを持たないベアリングレス式です。ブレードの付け根は柔軟な複合材でできており、ヒンジの代わりに付け根自体がたわむことで羽ばたき運動を受け持ちます。この構造では、ローター面の傾きがそのままマスト(ローター軸)を曲げる力になります。これがマスト・モーメントです。空中では機体がローター面の傾きに追従して動くため曲げは小さく済みますが、機体が地面に拘束された状態でサイクリックを倒すと、ローター面だけが傾いて機体はついてこないため、マストに大きな曲げ荷重が発生します。
本件では、狭い盛土の頂部にスキッドの一部だけが接地し、コレクティブを下げるにつれて機体重量が接地点に移った結果、支えきれずに斜面を後方へ滑り始めました。副操縦士は前方サイクリックで滑りを止めようとしましたが、スキッドが地面に引っかかった状態では機体は前へ出られず、ローター面だけが前へ傾きます。この差がマスト・モーメントとなって急増し、90パーセント超の最大許容範囲を突き抜けました。損傷がメイン・ローター・ブレード3枚とワイヤー・ストライク・プロテクション・システムに限られていることから、前へ大きく傾き、揚力の低下で低く垂れたブレードの前方部分が、コックピット上部の上側カッターに触れたものと推定されます。原文が伝える「擦れる音」は、この接触の音と考えられます。
マスト・モーメント指示器は、姿勢や加速度から計算した値ではなく、マストの曲がりそのものを表示する計器です。ローター・ヘッド直下のマストに貼られたひずみゲージが軸の曲げを直接計測し、回転する軸からの信号を非接触の伝送器で機体側へ送り、構造上の許容値に対する百分率で表示します。この計器の目的は、操縦の補助というより、マストの疲労限界を超えないよう操縦士に知らせることにあり、制限超過は記録装置に残って整備点検の対象になります。原文の「2.4秒」という精度は、この記録に由来するものと考えられます。訳文ではその範囲を「滑り始めから離脱まで」と補いました。
本記事の教訓が「接地を伝える際は機体のどの部分が触れているかを明示せよ」「機体の操縦を最優先せよ」となっているのは、この連鎖の急所が部分接地の認識不足と、地面に拘束された状態での前方サイクリックにあるためです。滑り始めた時点での正しい対処はサイクリックで止めることではなく、コレクティブを引いて浮き上がり、進入をやり直すことでした。なお、クラスC事故とは米国防総省の事故分類で、損害額が6万ドル以上60万ドル未満、または勤務日数の損失を伴う傷害が生じた事案を指します。
                               

出典:when-standards-slip, Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2026年09月

翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人

備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

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