過去の記事から:新しい事故など存在しない(後編)

2005年9月号『Flightfax』より転載
執筆者注:調査官の間では、「新しい事故など存在しない。あるのは過去の事故の繰り返しだけだ」と言われています。ここで取り上げる事故を読むことで、次の繰り返しを避けていただければと思います。本稿は、私自身が調査を担当した航空事故について述べる、2編目の記事です。
第9章を暗記するのには理由がある
事故の80〜90パーセントは人的ミスによるものである――安全担当士官であれば、誰でもそう答えるでしょう。戦闘即応センター(Combat Readiness Center, CRC)のデータベースを検索しても、そのとおりの結果が出ます。とはいえ、これは航空機が壊れないという意味ではありません。航空機は壊れます。不具合があまりに致命的で、機体にしがみついて祈るほかない、という場合もまれにあります。しかし、搭乗員が第9章を暗記し、それを適用できるかどうかにかかっている場合もあるのです。ここでは、機体に裏切られたとき、緊急操作の知識と常識の適用とによって、4名の操縦士が負傷などの事態を免れた2つの事例を紹介します。
OH-58Dカイオワ・ウォーリア(Kiowa Warrior, KW)が、4機(OH-58D 3機とSH-60 1機)編隊の3番機として、沖合40海里(約74キロメートル)を指示対気速度約90ノット(時速約167キロメートル)で飛行していたところ、異常が始まりました。
搭乗員は破裂音を聞き、続いて高い周波数の振動を感じました。その直後にもう一度破裂音があり、機体は右にヨーイングして機首を下げました。搭乗員は、この事象をテール・ローターの構成品の脱落であると正確に判断しました。2人はまず、スリップストリームを保つため、機体を前進飛行のまま維持しようとしました。しかし、脱落した構成品の1つが垂直安定板であったため、それはできませんでした。そこで、飛行経験が豊富なほうの搭乗員が操縦を代わり、スロットルを絞って、後に完璧と評された水面へのオートローテーションを実施しました。搭乗員2名はいずれも機体から泳ぎ出て、数分のうちに救助されました。この搭乗員は、緊急事態の兆候が現れた時点から、すべてを正しく行いました。状況にどう対応すべきかを正確に把握していた結果、負傷者を出さなかったことから、2名にブロークン・ウィング章が授与されました。
機械的な緊急事態にうまく対応したもう1組の搭乗員は、砂漠地帯の上空を、AH-64A 6機編隊の3番機として飛行していました。
待機地域を出てまもなく、後席の教官操縦士(instructor pilot, IP)が異音に気づき、続いて何かがこすれるような音とペダルへの反動を感じました。コックピットには、異常を示す表示は何も出ていませんでした。教官操縦士は着陸すべきだと適切に判断し、その意図を編隊に伝えました。ペダルに反動があったことから、テール・ローターの効きを失う場合に備え、砂漠地帯への滑走着陸を実施しました。高度約15フィート(約5メートル)で、副操縦士(pilot, PI)が火災警報灯の点灯を伝えました。教官操縦士は、着陸を続けたうえで消火に当たることにしました。未舗装の地面に、テール・ホイールのピンを折ることすらなく、約40ノット(時速約74キロメートル)で着陸しました。続いて緊急シャットダウンを実施し、消火装置2本を補助動力装置(auxiliary power unit, APU)区画へ放出してから、機外へ脱出しました。
その後の45分間、教官操縦士は自機が焼け落ちるのを見ているほかありませんでした。このとき彼が知らなかったのは、補助動力装置のクラッチが破裂し、その破片が機体上面のタートルバック部の全体に飛び散っていたということです。油圧系統の作動油または潤滑油の配管が破断し、火がついていました。機体構造の健全性は、緊急事態の兆候が現れてから5分以内、コックピットに最初の表示が出てから3分以内に失われていたとみられます。ただちに着陸して緊急シャットダウンを行ったことで、教官操縦士は自分と副操縦士をそれ以上の危険から遠ざけたのです。(『Flightfax』2002年7月号)
善良な人間が、常に正しく行動するとは限らない
我が陸軍、とりわけ航空科には、部隊の任務を成し遂げようとする優れた男女があふれています。彼らは熱心に訓練し、定められた基準をおおむね守り、必要とあらば一歩踏み込んだ努力を惜しみません。立派な人たちです。では、なぜ立派な人間が誤った判断を下すのでしょうか。なぜ、経験を積んだ操縦士が、熟知しているはずの基準をあえて破るのでしょうか。これらの問いの答えは、多くの事故調査の核心にあります。たいてい挙がってくる答えは、焦りと過信です。つまり、任務を早く終わらせようと急ぐか、自分の技量であれば定められた基準の外で機動を行い任務を遂行できると思い込むか、のいずれかです。そうした事例を2つ紹介します。
ある騎兵中隊が、地上部隊を支援するため、想定訓練(situational training exercise, STX)の課目を実施していました。
演習終了(end of exercise, ENDEX)が告げられたとき、3機のカイオワ・ウォーリアが交代で任務に就いていました。検討会(after action review, AAR)の実施場所が伝達され、3機のうち1機が、地上の車両がすべて移動しているかを確認するため、その課目区域の上空を飛行しました。しかし、最後の車両を追い越したところで旋回に入った際に、速度を指示対気速度20ノット(時速約37キロメートル)未満まで落としてしまいました。カイオワ・ウォーリアは横滑りしながら降下を始め、操縦士はこれを回復できませんでした。ただし、地面に接触する前に機体を水平に戻すことはできました。機体は大破しましたが、操縦士に負傷はありませんでした。
では、何が起きたのでしょうか。なぜ、機体は飛べなくなったのでしょうか。操縦していた操縦士は、地上部隊を追うために旋回を急ぎました。機体のデータ・カートリッジによれば、横滑りが始まったときのバンク角は67度で、前進速度は20ノット未満でした。カイオワ・ウォーリアには、飛行を維持するだけの出力がなかったのです。毎分3,000フィート(約910メートル)の降下率に入り、回復する手立てはありませんでした。焦りと過信です。この操縦士は旋回を急ぎたいと考え、-10(操作手引書)に制限があるにもかかわらず、60度を超える旋回を行う技量が自分にあると思い込んでいました。(『Flightfax』2002年9月号)
焦りと過信がより悲惨な事故を招いた事例は、UH-60の搭乗員が暗視眼鏡(night vision goggles, NVG)を使用し、他の飛行場から帰投しようと離陸したときのものです。
当該機の搭乗員は、予想していたよりも悪い天候に遭遇しました。飛行場へ引き返して天候の回復を待つことも、その地に一泊することもせず、搭乗員はそのまま進むことを選びました。帰投予定時刻は2100であり、この状況でも間に合うと考えたようです。主経路は非公式の予備経路よりも高い高度を必要としたため、搭乗員は予備経路をとることにしました。高度をどんどん下げながら低い峠を抜けようとしましたが、天候は土砂降りとなり、時折、雷鳴と稲光がありました。やがて視覚的補助目標を失い、指示対気速度90ノット(時速約167キロメートル)を超える速度で丘の斜面に激突しました。機体は大破し、搭乗員5名全員が死亡しました。
いずれの事例でも、搭乗員は周囲から高く評価されていました。証言した者はみな、あの搭乗員が基準を逸脱したとは信じられない、と述べました。こうした事故を、どうすればなくせるのでしょうか。搭乗員としては、任務の達成をすべてに優先させてはなりません。安全を重んじすぎたといって操縦士を咎める指揮官など、ほとんどいません。各級指揮官としては、平時であれ戦闘であれ、事故の危険を冒してまで果たすべき任務はないということを、部下に必ず理解させなければなりません。また、基準は徹底して守らせること、任務の達成は違反の言い訳にはならないことも、理解させる必要があります。
「バックミラーに映る物は、見た目より近い……」
バックミラーではないかもしれませんが、十分に離れていると思い込んでいた障害物へ機体が流され、あるいはそのまま飛び込んで起きる事故は数多くあります。ブレード接触は、回転翼機のパイロットに起きる事故の中でも特に多いものです。思い当たるのは、経験豊富な教官操縦士が、自機を障害物に近づけすぎた事例です。その結果、機体は大破し、搭乗員は軽傷を負いました。
これは、AH-64が夜間に火力攻撃位置(attack by fire position, ABF)へ進入した事例です。6機編隊の先頭のチームでレッド2として飛行していた後席の教官操縦士は、レッド1の右側に「セット」するため機体を移動させました。火力攻撃位置は右から左へ延びる小さな谷の中にあり、樹林帯が広い開かつ地を仕切っていました。教官操縦士がレッド1の右側へ移動した際、機体は2つの樹林帯が交わる付近に位置していました。さらにわずかに前進し、T字に交わる樹林を自機の5時の方向に置きました。AH-64の操縦士ならご存じのとおり、夜間暗視システムは、おおむね3時の方向より後ろを見ることができません。前席の副操縦士は、機体を障害物に近づけすぎないようにするため、機体の使用に条件を付した安全情報(limited airworthiness release)に従って暗視眼鏡を着用していました。
ところが、2人とも長機に注意を奪われ、機体は後方へ流れ始めました。機上のビデオ記録装置(video tape recorder, VTR)には、機体が搭乗員の意図よりも低い高度にあったことが記録されていました。後方への流れが止まったのは、テール・ローターが75フィート(約23メートル)の樹木に接触したときでした。第5番ドライブシャフトが破断し、機体は旋転を始めました。操縦士がコレクティブを下げ、機体は地面に墜落しました。搭乗員は軽傷で済みましたが、機体は大破しました。
なぜ、それは起きたのでしょうか。教官操縦士が意図よりも低い高度まで降下したのは、長機に注意を向けながら、同時に前席の操縦士へ手順を口頭で説明しようとしていたからです。そのうちに機体が流れ始めましたが、彼はそれに気づきませんでした。事故調査委員会は、前席の操縦士の練度からみて、この教官操縦士は実質的に単独で操縦していたに等しいと判断しました。こうしたことは、認めたくはありませんが頻繁に起きており、若い操縦士を訓練する際には必ず何らかの手当てをしなければなりません。ハード・デッキ(下限高度)の設定、斜距離(機体から目標までの見通し線上の直線距離)の制限、段階を追った訓練(crawl-walk-run)の実施は、リスクを管理するための基本的な手立てです。
運に頼るな
戦闘即応センターの調査官を務めていて気が重いのは、他人のミスを見るたびに、自分が過去に犯したミスを思い出すことです。幸い、私のミスは重大な事故には至りませんでした。ただ運が良かっただけです。しかし残念ながら、事故を防ぐのに運を当てにはできないことを、私は今では知っています。事故を防ぐのは、優れた安全管理と、健全で全員に理解された安全思想、そしておそらく最も重要な、適切な時と場所に各級指揮官がいることです。ここに書いたことが、他人の犯したミスの一部を、運に頼ることなく避ける助けになればと思います。
出典:There are NO New Accidents (Part 2), FLIGHTFAX, U.S. Army Combat Readiness/Safety Center 2011年12月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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