今は見える!もう見えない!
-イラク戦争での体験-
それは、大隊長及び大隊のSP(standardization pilot, 検定操縦士)が操縦する指揮統制機の予備機としての任務を実施中のことだった。大隊長等が搭乗する航空機が1番機であり、私が搭乗する航空機は2番機として飛行していた。2番機の機長は私であり、若手の上級准尉が副操縦士、機種はブラック・ホークのL型であった。これはイラクで起こった出来事であり、我々は2番目の展開地から、さらに北に位置するバクダット近郊の3番目の展開地へ推進中であった。我々がイラクに到着してから、まだ2-3週間しかたっていなかったが、戦争は既に始まっていた。我々の編隊は、すでに設定されていた一方通行の経路に沿って飛行していた。
離陸に先立ち、概略のウェザー・ブリーフィングを携帯電話で受けていたが、砂漠において通常見られるもやを除いて、視程障害は予報されていなかった。その経路の中ほどを飛行中、一方通行の経路を反対から2機のブラック・ホークが飛行してくるのを発見したので、その理由を聞いた。彼らの返答は、「この先の視程は、約0.5マイルだ。」というシンプルなものであった。
彼らは方向転換して元の展開地に引き返す途中だったのである。私は、1番機に無線で、我々は方向転換しないのかと質問した。大隊長は、飛行を継続し現地の天候の状況を確認することを、直ちに返答してきた。私は、既に引き返してきている編隊から情報が得られており、引き返すことが賢明であることを意見具申した。しかしながら、大隊長は、大隊の地上部隊が旧展開地を出発する前に新しい展開地に着陸したいので、飛行を継続することを再び無線で連絡してきた。大隊長の口調から、前進するという指揮官の判断に対する私の意見具申にイライラしているのが明らかであった。
私は、とりあえず指揮官の指示に従い、飛行を継続したものの、機内通話ではその判断に対し不満を漏らしていた。私の頭の中のコーション・ライトは、徐々に消灯して行き、機長としての権限を行使し、自分の航空機だけでも引き返すことは要求しなかった。飛行任務指揮官が大隊長であり、1番機の操縦士が大隊のSPであったため、誤っているのは私であり、彼らの方が状況を適切に把握しているものと信じてしまったのである。
次の無線交信は、私の方から行った。「1番機、こちら2番機、こちらからはそちらが見えなくなってきた。」と私は言った。「了解、速度を下げる。」とSPが返答した。私は、彼の声の調子に驚いた。それは、非常に緊張しているようだった。視程は、4分の1マイル以下となり、私は再度、自分の航空機だけでも引き返すことを要求しようと考え始めていた。
「1番機、こちらからはそちらが見えない!」と、私は叫んだ。その時、風防全体が茶色に覆われ、航空機は50ノット近い風で上下左右にあおられ始めた。「こちらは着陸する、降下する!」私は、強い口調で言った。「了解、我々も着陸する。」SPが同じように強い口調で返答してきた。当時、レーダー進入施設や天候急変時の回避空域も設定されていない状況の中、我々は強烈な砂嵐の最前線を飛行していたのである。
右を見ると、若い副操縦士が私と同じようにおびえており、視程ゼロの状況下、この航空機を着陸させるのが、私の責務であることを改めて悟った。機内の全搭乗員は、完全に無言であった。私は、神に祈りながら、電波高度計の値と計器上の水平線に集中していたが、家屋、木立や他の航空機の上に着陸してしまうかも知れないと考えていた。着陸に成功した後でも、地面は見えなかった。1番機に無線連絡したところ、直ちにエンジンを停止し、周囲を警戒するための配置につくように指示された。私は、着陸に成功したことの喜びのあまり、たとえ敵と戦闘状態になっても構わないというような気持ちだった。
その後、嵐は2時間続き、その間、我々は機外で応急戦闘配置状態を継続した。我々は、砂に打ち付けられ、砂まみれになったが、やがて嵐が治まった。私の航空機は、道路沿いの斜面に着陸しており、我々から7ローター離れたところに1番機が着陸していた。そのときになって、やっと地面が見えるようになったのである。私は、たとえ誰であろうとも、私の能力や航空機の限界を超えて飛行することを2度と指示させるべきではないと思っている。我々は、時として自分の頭の中で聞こえる小さな声に耳を貸さなければならない。階級上位者や飛行任務指揮官に、不安全をもたらすような指示をさせてはならない。搭乗員の安全を守り、彼らを家族のもとに無事に返すことが、陸軍准尉である私の責務なのだ。
編集者注:本人の要望により、著者の氏名は伏せさせていただきます。匿名でフライトファックスに記事を載せたい方は、下記までご連絡ください。Ms. Paula Allman, Managing Editor, at DSN 558-9855 (334-255-9855) or e-mail paula.allman@crc
出典:FLIGHTFAX, U.S. Army Safety Center 2006年01月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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