アラスカにおける陸軍航空の変革――北極戦闘航空旅団の歴史と編成

2025年4月30日付の陸軍長官指示を受け、陸軍は包括的な変革戦略——陸軍変革イニシアチブ(Army Transformation Initiative, ATI)——を導入した。この戦略の目的は、米陸軍の組織を近代化し、限られた資源をより効率よく活用しながら、将来の脅威に対応できる能力と素早い行動力を確保することにある。
ATI は、アラスカと北極圏における陸軍航空を大きく改変するものである。米軍が北極地域を戦略的な優先地域に位置づけたことに基づき、第11空挺師団(北極)に対して、1個戦闘航空旅団(Combat Aviation Brigade, CAB)に相当する航空司令・指揮能力を配置する。
第11空挺師団は第二次世界大戦中に最初に編成され、太平洋戦線で活躍した。その後、第11空中機動師団(実験)として空中機動戦術の開発・発展に大きな役割を果たしたが、1965年に廃止されている。この時期、第11航空群を中心とした多くの航空部隊が陸軍航空の実戦運用を確立し、後のベトナム戦争では「エアモービル」(空中機動)戦の威力を実証した。
2022年、第11空挺師団はアラスカに駐留していた陸軍部隊から再編された。アラスカに本拠を置く現役師団を設置するにあたり、北極圏の南端から約100マイル(約160キロメートル)のフォート・ウェインライト(Fort Wainwright, FWAK)に、戦闘航空旅団相当の航空指揮能力を配置することになる。
現在、FWAK に配置された第11北極航空コマンド(Arctic Aviation Command, AAC)は、第11空挺師団に CAB を配置し、航空指揮体制を確立するための過渡的な旅団レベル司令部として機能している。「北極の翼(Wings of the Arctic)」の愛称で知られる AAC は、2024年に編成された。陸軍最新の戦闘師団「北極の天使(Arctic Angels)」に属するこの航空コマンドは、アラスカに駐留するすべての現役航空部隊をひとつの指揮系統で統制するために設けられたものである。
北極CAB が完成すれば、米軍は北極地域での軍事的プレゼンスを一層強化できる。第11空挺師団は装備とシステム、手順の最新化を進めながら、北極圏とインド太平洋地域のどこへでも展開し、即座に戦闘力を発揮する態勢を整える。北極地域に配置される航空資源が統合・体系化される。
航空 ATI は、AAC 配下のアラスカ既存部隊に、移駐してくる部隊の能力を加えて再編成する。既存部隊は新しい部隊番号に改編されることになるのである。
アラスカの航空部隊統合と増強は、2025年から始まる。新しい航空機の到着と旧型機の廃止をもって実施される予定である。まず第229航空連隊第1大隊がワシントン州のジョイント・ベース・ルイス=マッコード(Joint Base Lewis-McChord, JBLM)からアラスカへ移駐し、同時に第25航空連隊第1大隊がハワイへ移駐する。
この移駐に伴う人事異動はない。ただし、第11師団の攻撃大隊は AH-64E アパッチの数を増やすため、引き続き航空機の補充を受けることになる。続いて、第158航空連隊第2大隊(医療後送大隊、Attack Helicopter Battalion-Medical, AHB-M)がジョイント・ベース・ルイス=マッコード からアラスカへ移駐する。
同時に、第52航空連隊第1大隊(全般支援航空大隊、General Support Aviation Battalion, GSAB)は廃止され、第158航空連隊第2大隊に統合される。GSAB から AHB-M への組織変更により、部隊規模が増加し、保有航空機は UH-60M へとアップグレードされる。
北極CAB の拡充には、アラスカ州外からの航空部隊2個を加える必要がある。第16CAB司令部はジョイント・ベース・ルイス=マッコード からアラスカへ移駐し、第11北極航空コマンド司令部と統合・再編される。完全に編成・装備された展開可能な CAB 司令部がアラスカに発足する。同時に、第46航空支援大隊(Aviation Support Battalion, ASB)もジョイント・ベース・ルイス=マッコード からアラスカへ移駐する。
これらの移駐により、フォート・ウェインライトの人員数と装備数は大幅に増える。北極CAB が完全に編成・装備されたとき、第11師団の航空資産は回転翼機が十数機以上増加し、数百名の兵士が新たに配置される見通しである。

北極CAB の最大の特徴は、すべての航空機が北極圏での飛行に対応した特別な改修を受けていることである。スキー装備を通年装着するなど、北極環境での運用を前提とした改修が施されている。また、搭乗員は北極環境での生存と活動に必要な訓練を受けている。
アラスカにおける陸軍航空の歴史は、地上部隊の変化する要求と組織改編の歴史そのものである。米陸軍の航空大隊・旅団司令部の流れを追うと、米陸軍アラスカ航空大隊(1961~1964年)、第19航空大隊(1964~1972年)、第222航空大隊(戦闘)(1972~1986年)、第6歩兵師団(軽)戦闘航空旅団(1986~1994年)、第123航空連隊第4大隊(強襲)(1994~2006年)、タスク・フォース49(2006~2009年)、第16戦闘航空旅団(2009~2011年)、米陸軍アラスカ航空任務部隊(UATF, 2013~2018年)、そして現在の北極航空コマンド(2024年~)へと続いている。
アラスカにおける陸軍回転翼航空の本格的な始まりは第二次世界大戦後である。当初は独立した航空分遣隊が地上部隊を支援していた。1961年、アラスカで初めて大隊レベルの航空司令部である米陸軍アラスカ航空大隊がフォート・ウェインライトに編成される。CH-21「ショーニー」を装備する2個の軽ヘリコプター輸送中隊をはじめ、多くの回転翼機と固定翼機を統括していた。この部隊は1964年に廃止され、その航空機は第19航空大隊に引き継がれた。第19大隊はフォート・ウェインライトとフォート・リチャードソン(アラスカ州)に分散して配置されていた。
1969~1971年にかけて、CH-21「ショーニー」はすべて CH-47 チヌークに更新された。その後、CH-54「スカイクレーン」、UH-1「ヒューイ」、AH-1「コブラ」、OH-58「カイオワ」といった機種が次々と配備されていった。
1972年、第19航空大隊は廃止され、その航空機は第222航空大隊に引き継がれる。第222大隊はベトナム戦争後にアラスカに移駐した部隊で、陸軍内でも最大規模で最も多様な航空大隊として知られていた。1972年から1986年の間(1983年の航空科新設を含む時期)、第222大隊はアラスカ駐留部隊全体の航空支援を担当した。
冷戦末期の1986~1994年、第6歩兵師団(軽)がアラスカに駐留し、米陸軍の北極戦闘の最前線司令部となった。アラスカに本拠を置く戦闘師団の設立に伴い、第6戦闘航空旅団(CAB)が新設される。この旅団は2個の航空大隊で構成されていた。第9騎兵連隊第4飛行中隊と、第123航空連隊第4大隊(強襲)である。
このうち第123航空連隊第4大隊(強襲)は、第222航空大隊の部隊を基盤として編成された。航空機は UH-1「ヒューイ」から UH-60「ブラックホーク」へと更新されている。
冷戦終結後の1994年、第6歩兵師団は廃止・改編され、米陸軍アラスカ(United States Army Alaska, USARAK)として旅団規模の歩兵部隊に縮小された。
この組織改編に伴い、第6CAB と第9騎兵連隊第4飛行中隊が廃止された。AH-1「コブラ」と OH-58「カイオワ」はアラスカから転出し、第123航空連隊第4大隊のみが USARAK 直轄の独立した航空支援大隊として残る。
タスク・フォース49(TF 49)は、アラスカ(米国第49番目の州)にちなんで命名された旅団規模の航空任務部隊である。2006年、第123航空連隊第4大隊がイラク自由作戦から帰還したのを受けて、フォート・ウェインライトで編成された。陸軍のモジュール化変革の一環として、第123航空連隊第4大隊は廃止・再編され、TF 49 に統合された。同時に、韓国から移駐した第52航空連隊第1大隊の部隊と合わせて、新しい第52連隊第1大隊が編成されたのである。
同じ年、第17騎兵連隊第6飛行中隊がハワイの第25歩兵師団から移駐してきた。OH-58D「カイオワ・ウォリアー」を携えてフォート・ウェインライトに配置されたのである。TF 49 はさらに、第123航空支援中隊(航空野整備, AVIM)および第209航空支援大隊の部隊を統括していた。これらの整備部隊は、後の CAB 運用に不可欠な整備態勢の基盤となったのである。
2007年、TF 49 司令部は中型 CAB 司令部に改組され、傘下の複数航空部隊とともにイラク自由作戦支援のため展開した。作戦地域では、12ヶ月間にわたり多国籍軍イラク軍団(MNC-I)航空旅団の役割を担った。2009年、TF 49 は廃止・改編され、フォート・ウェインライトで第16戦闘航空旅団へと改編されている。
第16戦闘航空旅団は当初アラスカを拠点としていたが、2011年にジョイント・ベース・ルイス=マッコード へ移駐する。司令部と第123連隊の部隊はワシントン州へ移動する一方、第16CAB は分散配置となってもアラスカに相当規模の部隊を残していた。
そのためフォート・ウェインライトに駐留する第52連隊第1大隊(GSAB)と第17騎兵連隊第6飛行中隊を統制・支援する旅団レベル航空司令部として、米陸軍アラスカ航空任務部隊(USARAK Aviation Task Force, UATF)が再び必要になる。
その後、UATF は2014~2015年にかけて第52連隊第1大隊(GSAB)と第17連隊第6飛行中隊のアフガニスタン・韓国派遣を支援した。2015年、第17騎兵連隊第6飛行中隊が廃止され、新たに第25連隊第1攻撃大隊(AB)が編成される。これにより、AH-64 アパッチと MQ-1C「グレイ・イーグル」がアラスカに初めて配備された。
第52連隊第1大隊(GSAB)と第25航空旅団第1大隊は、それぞれワシントン州の第16CAB およびハワイの第25CAB に正式配属されながら、USARAK に部隊配属されるという複雑な体制となった。2017~2018年、第25航空旅団第1大隊は2度目のアフガニスタン派遣を実施し、同時に朝鮮半島にも展開している。
その間、UATF は2018年に廃止された。2024年に第11空挺師団の北極航空コマンドが編成されるまで、アラスカには旅団レベルの航空司令部が存在しなかった。

北極CAB の編成は、アラスカにおける航空部隊の変革と発展という輝かしい歴史を引き継ぐ。地球上の戦略的な重要地域で、第11空挺師団の中核となる戦闘力を提供することになるのである。
アラスカ駐留部隊は、米国本土の防衛という任務を担いながら、同時に太平洋・北極圏・ユーラシアといった重要地域に向けた戦闘力をいつでも投入できる独特の位置にある。これら3つの地域はアラスカで交わっており、北米に向かう様々な脅威に素早く対応できる態勢を整えている。
アラスカに強力な軍事力を配置することは、紛争の抑止と平和維持につながる。同盟国の関心は、世界で最も高い密度で第5世代戦闘機が集結し、陸軍の最新攻撃ヘリコプター AH-64E の本拠地であるアラスカに向かっている。さらに北米最大の訓練場である統合太平洋アラスカ・レンジ・コンプレックス(Joint Pacific Alaska Range Complex, JPARC)があることも、アラスカの戦略的価値を高めている。
敵対勢力も、アラスカで行われる年次北極演習に注視している。統合太平洋多国間即応センター・アラスカ(Joint Pacific Multinational Readiness Center-Alaska, JPMRC-AK)などの演習では、陸軍の北極対応航空機が地球上で最も過酷な環境下で空中機動作戦と縦深攻撃を実施する様子を目にする。これらの運用能力を通じて、北極地域における部隊の実力が明らかになるのである。
一方、第11北極航空コマンドは、第11空挺師団傘下のすべての航空部隊に対して、指揮統制・リスク管理・訓練準備の監督を続けている。極寒・山岳・高緯度という厳しい環境下での運用を支援することが役割である。
北極CAB の編成により、アラスカにおける陸軍航空変革は完成する。これにより、第11空挺師団は北極圏やインド太平洋地域、そして国家が必要とするあらゆる場所へ、高い戦闘力と即応性を備えて展開できるようになるのである。
大佐ラス・バンダールフトは、アラスカ州フォート・ウェインライトに所在する第11北極航空コマンドの司令官です。
出典:Army Aviation Transformation in Alaska, ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2026年04月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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