決められた役割を守れ

不運が重なる状況を無傷で切り抜け、奇跡的に生還できたとき、自分がいかに幸運であったかを改めて思い知らされるものです。イラクにおける気象の予測は、控えめに言っても至難の業でした。空軍の気象予報士たちは高度な訓練を受けたプロフェッショナルでしたが、ブリーフィングを受けた後でも、天候はあっという間に変わってしまうことがありました。
私たちのUH-60 2機編隊は、イラクのビクトリー基地複合施設からタリルへのVIP輸送任務を実施していました。それは慣れ親しんだ任務であり、いずれの機体の搭乗員もこのルートを飛んだことが何度もありました。視程は当面は良好だが、時間の経過とともに徐々に悪くなるという予報でした。任務実施中は天候的に問題なさそうでしたが、広大な砂漠の上空では天候が急変することがあると分かっていました。
搭乗員ブリーフィングでは天候悪化時の対処要領が体系的に検討され、GPS進入の代替経路、(視程は低下を続けていましたが)有視界気象状態(Visual Meteorological Conditions, VMC)を維持できた場合の燃料補給地点、さらには忌み嫌われる「現地に着陸し、天候が回復するまでその場で待機する」という選択肢までが列挙されていました。将官と師団最先任上級曹長が同乗していることを考えれば、最後の選択肢はどうしても避けたいところでした。
機長(Pilot in Command, PC)としての経験が100時間にも満たない私でしたが、それでもいくつかの疑問を口にするのが自分の責務だと感じていました。直感的には、この任務の飛行に反対したいと思っていました。しかし、検討が終わる頃には気持ちが落ち着き、私たちは正しい判断をしているのだと納得しました。
天候が良いうちに予定どおりに出発し、最初の経由地にも予定どおりに到着しましたが、予測していた天候とは異なっていました。タリルに接近するにつれ、視程は1マイル(約1.6キロメートル)近くまで悪化しており、エンジンを停止させる頃には着実に低下し続けていました。気象担当者に再確認したところ、次の飛行区間の状況は「良好のはず」だということが分かりました。予報どおり天候は再ブリーフィングで定めた最低気象条件まで回復し、私たちは出発しました。
次の目的地——降着地域(Landing Zone, LZ)に高い照明灯がある小規模な戦闘前哨——への経路は、特に問題ありませんでした。将官とその最先任上級曹長がLZを離れると、私たちは燃料を節約するためにエンジンを停止させました。待機していると地平線上で砂埃が舞い始めているのが見えましたが、まだ問題になるほど近くはありませんでした。少なくとも3マイル(約4.8キロメートル)の視程を確保できた状態で予定どおりに出発し、風が強まる中、広大な砂漠地帯を北に向かいました。
経路を進むにつれて視程が低下し始めました——当初はそれほど悪くはありませんでしたが、確実かつ急速に悪化していきました。気づけば視程は1マイル(約1.6キロメートル)を下回って、さらに悪化し続けており、雲底は地表すれすれにまで下がってきていました。私たちはあくまでも地表を目視しながら飛行を続けました。計器飛行方式(Instrument Flight Rules, IFR)やGPS進入を実施したくありませんでした——それらの訓練を十分に積んでおらず、それに習熟できていなかったからです。また、雲から抜け出せない場合に着陸復行を行うための燃料も、十分に残ってはいませんでした。
両機の搭乗員は、最も近くて安全な前方運用基地(Forward Operating Base, FOB)であるディワーニヤへ向かうことを決定しました。長機が補給幹線(Main Supply Route, MSR)タンパを発見し、針路を変更しました。古典的な計器飛行方式(Instrument Flight Rules, IFR)の手順——俗に「I Follow Roads(道路に沿って飛ぶ)」とも呼ばれる——を用いて、安全な場所を目指しました。低速で低空飛行する中、コックピット内の緊張は高まり、搭乗員たちは互いにいら立ちを募らせていきました。砂漠に着陸して天候回復を待つという考えさえ、魅力的に思えてきました。幸運にも私たちは悪天候をくぐり抜け、視程が4分の3マイル(約1.2キロメートル)未満の機上状況の中、ディワーニヤに着陸することができました。幸運とは、無謀者にも微笑むものらしいと感じました。
教訓
多くの点で、もっとうまくやれたかもしれません。判断・行動・結果のすべては、現場にいるということから生まれます——良くも悪くも。操縦士、特に機長資格を持つ操縦士は、主導権を握り、自らの運命を自分で切り開こうとするものです。今回の場合、私は機長資格を持ちながらも、操縦士(Pilot, PI)として、私より総飛行時間も機長経験時間も少ない、経験の浅い機長(PC)のもとで飛行していました。操縦を引き継ぎたかったですし、自分のほうがうまくやれると思っていました。しかし、本当にそうだったのでしょうか?
その機長は飛行時間が少ないとはいえ、優れた操縦士でした。すでに操縦を握っていたため、そのまま操縦を続けさせることにしました。私にできる最善のことは、操縦を担っていない操縦士として職責を果たし続けることでした。機長は私たちを、選定した着陸地点まで安全に導いてくれました。私が操縦を握る必要はなかったのです。
この任務は、クルー・コーディネーションの好例となりました。機長は操縦と外部状況の把握に専念し、照明灯・給水塔・送電線・地面への衝突を防いでくれました。私はコックピット内のあらゆる注意散漫の要因を徹底して排除しました。最終的に安全に任務を終えることができたのは、機付長も含めたすべての搭乗員が、それぞれの職責を理解し、適切なクルー・コーディネーションを発揮したからです。決められた役割を守ってください。煩わしく感じられても、それがあなたの命を救うのです。
出典:Stick to the Procedures, Risk Management, U.S. Army Combat Readiness Center 2026年05月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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