戦闘気候学と回転翼機のホバリング設計

回転翼機の垂直飛行能力は、米陸軍の能力要求部門、装備開発部門、および運用部隊にとって最も重要な性能指標です。
陸軍規則70-38「全世界使用を目的とした装備品の研究、開発、試験および評価」では、航空機を含む装備品が広範囲かつ過酷な環境条件下で運用可能となるよう設計することを要求しています。しかし、極端な気候条件に対応する航空機設計は、機体構造を複雑化し、重量およびライフサイクルコストを大幅に増加させます。ハミルトン・H・ハウズ将軍のリーダーシップの下でヘリコプターによる空中機動のドクトリン、戦略および戦術が開発されて以来、その設計が満たさなければならない設計大気要件(atmospheric design-point conditions)は数度にわたって改定されてきました。
1950年代半ば、当時の陸軍航空部長は、陸軍ヘリコプターがPA(Pressure Altitude、気圧高度)6,000フィート、OAT(Outdoor Ambient Temperature、外気温度)95°F(35℃)においてHOGE(Hovering Out of Ground Effect、地面効果外ホバリング)を実行できることを要求する基準(6K/95F HOGE)を制定しました。この基準は空軍、海兵隊、海軍の要求を上回るもので、機体重量が約2倍になるという代償を伴いました。なお、いずれの要件も、ホバリング上限高度からの機動時に必要な駆動システムのトルクやエンジン出力の予備マージンは規定していませんでした。
1960年、米陸軍需品研究開発コマンドは、地政学的重要地域と陸軍航空の運用構想に基づき、6K/95F HOGEおよび6K/81F HOGE基準の世界的影響を調査する任務を与えられました。この調査により、北緯45度から南緯45度の間には、標高1~2キロメートルの高温な高地が広範囲に分布し、これらの地域では平均的な年において6K/95F HOGE設計基準を超える期間が存在することが判明しました。該当地域には南アジア、南部アフリカ、北米大陸の戦略的要衝、特に米国西部本土およびメキシコの一部が含まれていました。
その後数十年間にわたって、複数の組織が異なる運用前提による研究を実施し、次のような要件が新たに策定されました。
①PA 4,000フィート、OAT 95°FでのHOGE能力(4K/95F HOGE)
②PA 6,000フィート、OAT 95°Fにおいて、利用可能出力・トルクに対し5%の予備マージンを確保したVROC(Vertical Rate of Climb、垂直上昇率)毎分500フィート(6K/95F 500 fpm VROC)
③PA 4,000フィート、OAT 95°Fにおいて、利用可能出力・トルクに対し5%の予備マージンを確保したVROC毎分500フィート(4K/95F 500 fpm VROC)
④従来の6K/95F HOGE基準
以降、陸軍ヘリコプターの設計研究および調達においては、多様な垂直飛行主要性能パラメータが適用されるようになりました。
現在では、高性能コンピューティング技術、高精度気象モデル、地球観測衛星等のリモートセンシング技術の発達により、気候データを軍事作戦に応用する戦闘気候学が進歩し、高解像度での空間的・時間的統計データ算出および気候学的解析が可能となっています。ノースカロライナ州アシュビルのAFCCC(Air Force Combat Climatology Center、米空軍戦闘気候学センター)は、ACMES(Advanced Climate Modeling and Environmental Simulations、先進気候モデリング・環境シミュレーション)数値モデルを使用し、国防総省全体の関係機関向けに高精度気候学データを常続的に生成しています。
航空能力要求部門および運用部隊の担当者は、この統計データをJHL(Joint Heavy Lift、統合大型ヘリコプター)やJMR TD(Joint Multi-Role Technology Demonstrator、統合多用途ヘリコプター技術実証機)プロジェクト等の新型回転翼機設計の飛行性能工学モデルと組み合わせることにより、実際の運用シナリオに即した飛行性能の評価を行えるようになりました。これにより、新しい設計が全世界運用に適合するかどうかを、予算・スケジュール変更コストが最小となる設計初期段階において、直接的に評価することが可能となっています。
マーク・カルバート博士は、アラバマ州レッドストーン兵廠の米陸軍戦闘能力開発コマンド航空・ミサイルセンター システム即応局において航空力学を担当する航空宇宙技術者です。
出典:ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2025年07月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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1件のコメント
難易度の高い文章で、翻訳するかどうか迷ったのですが、なんとかやってみました。
私が衝撃を受けたのは、添付された図です。
このような分析は、日本の自衛隊機にも行われているのでしょうか?