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陸軍航空の情報センター

「あのとき私たちは……」――クルー・コーディネーションの成功例

上級准尉2 ケビン・M・パーティー
第229攻撃ヘリコプター連隊第4大隊C中隊

AH-64の大隊に所属していた私は、射撃訓練に参加していました。任務は、1機を弾薬再補給用の駐機スポット(rearm pads)から待機地域へ移動するというもので、わずか30秒ほどの簡単な飛行でした。いつも一緒に飛んでいるバディ(stick buddy)が前席で操縦し、弾薬再補給用の駐機スポットを離陸して待機地域に向かいました。待機地域は、林の中に細長く開けた場所です。航空機はノーズとテールを連ねて縦一列に駐機しており、バディは駐機中の2機の間に向けて進入を開始しました。最終進入で降下していくと、前方に駐機している機体が視界から消えました。AH-64では珍しいことではありません。

しかし私は、バディが駐機中の機体の後方の空いた場所ではなく、機体そのものに向かって進入していることに気づきました。私は「ヘリ、見えてるか?」と尋ねました。応答はありません。もう一度「ヘリ、見えてるか?」と尋ねました。やはり応答はありません。私は「操縦を代わる」と告げ、着陸復行しました。場周を回って2回目の進入に入ったところで、私は「操縦を返す」と言いました。バディは何も言いませんでした。その代わりに両手を上げて見せ、私にそのまま操縦を続けるよう合図しました。

バディが口をきかないのは妙でした。怒っているのだろうか、とも思いました。着陸してから、私の声が聞こえるかと尋ねました。バディは親指を立てました。話せるかと尋ねました。バディは親指を下に向けました。マイクが故障していたのです。

わずか5秒ほどの間に、いつもどおりの30秒間の飛行が、あやうく大事故になるところでした。高価なヘリコプター2機を大破させ、私たち自身が死傷し、さらに駐機中の機体で作業していた機付長まで死傷させていたかもしれません。しかし実際には、事故を回避することができました。

クルー・コーディネーションの技法が功を奏した

この窮地を救ってくれたのは、以前の訓練で学んだクルー・コーディネーションの技法でした。具体的に活用できたのは、搭乗員ブリーフィング、コックピット内の標準操作手順、そしてツー・チャレンジ・ルール(two-challenge rule)でした。また、慢心と過度な遠慮による問題も避けることができました。

バディも私も、アパッチについて、それなりに長い操縦歴を有していました。バディは教官操縦士(Instructor Pilot, IP)であり、この飛行では機長を務めていました。私はバディを優れた操縦士だと思っていましたし、正直に言えば、他の経験や技量の劣る操縦士よりも、ずっと強く信頼してしまっていました。つまり、私が慢心に陥るのはたやすいことだったのです。しかし、幸いなことに、そうはなりませんでした。私は注意を怠らず、状況に対応することができました。

経験の浅い操縦士は、教官操縦士や階級が上の操縦士に疑問を呈することをためらうかもしれません。これが過度な遠慮の問題です。バディと私は対等な立場だったので、これが問題になることはありませんでした。さらにバディは、搭乗員ブリーフィングの中で、少しでも不安を感じることがあれば遠慮なく声を上げるよう、はっきりと伝えていました。

コックピット内の標準操作手順が役に立ったのは、バディのマイクが故障したとき、いつもどおりの進め方になっていないことにすぐ気づけたからです。普段の手順どおりに進んでいないという、ただそれだけの事実から、何かがおかしいと分かったのです。もっとも、それが何なのかは後になるまで見当もつきませんでした。

この日に用いた技法の中で最も役立ったのは、ツー・チャレンジ・ルールです。もう一方の搭乗員に何かを2回問いかけても応答がなければ、操縦を代わる、というものです。このルールは、搭乗員の表に現れにくい能力喪失(subtle incapacitation)に備えるものであり、何かに衝突するのを防ぐためのものです。私たちは一緒に飛び始めたときに、ツー・チャレンジ・ルールについて入念にブリーフィングしていました。単純なルールですが、期待どおりの効果を発揮しました。今回、私はバディに、ヘリが見えているかを2回尋ねました。応答がなかったので、操縦を代わったのです。

幸いにもあの日、私たちはクルー・コーディネーションについて学んだことを実践し、搭乗員チームとして有効に機能して、惨事を防ぐことができました。そして、どんなに経験豊富な搭乗員であっても、「いつもどおりの飛行」などというものはないという教訓を改めて学んだのでした。

訳者コメント:
米陸軍では、操縦を交代するときに3段階の確認を行います。操縦を渡す側が「You have the flight controls」と言い、受け取る側が「I have the flight controls」と応じ、渡した側が改めて「You have the flight controls」と念を押す要領です(本サイトの記事「誰も操縦していない!」の訳注を参照)。本記事の筆者は、バディが応答しないため、この手順を踏めないまま「操縦を代わる」と告げて操縦を引き継ぎました。着陸復行の後に筆者が「操縦を返す」と言ったとき、バディが両手を上げて見せたのは、声を出せない中で、操縦を受け取らずに筆者に任せることを示す合図でした。
筆者が従ったツー・チャレンジ・ルールについては、本サイトの記事「ツー・チャレンジ・ルール――それは命綱だ」が詳しく取り上げています。同記事によれば、このルールはすべての飛行前に搭乗員ブリーフィングで確認される事項であり、操縦装置を操作している操縦士が連続する2回のチャレンジに応答しなかった場合、操縦していない操縦士が操縦を引き継ぐことができる、というものです。同記事のCH-47の事案では、副操縦士が修正のコールを繰り返したものの操縦を引き継がず、機体が損傷して任務を継続できなくなりました。本記事は、同じルールを最後まで実行して事故を防いだ事例です。
このルールは、応答がない理由を問いません。本記事でバディが応答しなかったのはマイクの故障のためで、能力喪失ではありませんでした。それでも筆者は、理由が分からないまま、2回の問いかけに応答がないという事実だけで操縦を代わりました。筆者が述べるとおり、事態はわずか5秒ほどの間に進んでいました。また、AH-64は前席と後席を前後に配置した機体で、2人の搭乗員は互いの操作を見ることができず、言葉を交わして確かめるほかありません(前掲「誰も操縦していない!」)。本文で、手順どおりのやり取りが返ってこないこと自体が異常の手がかりになったと述べているのは、このためです。
筆者が避けられたと述べる「過度な遠慮」については、本サイトの記事「過去の記事から:新しい事故など存在しない(前編)」が、同乗の搭乗員3名が、教官操縦士の操縦する機体が予告のない左旋回に入っていることに気づきながら、誰も声をかけなかった事故を紹介しています。3名はいずれも、教官操縦士は自分が何をしているか分かっているはずだと考えていました。本記事の筆者は、バディと対等な立場にあったことに加え、教官操縦士であるバディ自身が、少しでも不安を感じたら声を上げるようブリーフィングで促していたことを、この問題を避けられた理由に挙げています。
                               

出典:"There we were . . ." —a crew coordination success story, FLIGHTFAX, U.S. Army Safety Center 1994年3月

翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人

備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

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