後知恵の予見 ── 人的要因分析・区分システム(Human Factors Analysis and Classification System, HFACS)の事故発生前における活用
フォーラム 論説、意見、アイデア、情報 (ここに述べられている見解は、専門的な議論を喚起するためのものであり、米陸軍または米陸軍戦闘即応/安全センター(U.S. Army Combat Readiness/Safety Center, USACRC)の方針を示すものではありません。)
2007年、心理学者のゲイリー・クラインは、ハーバード・ビジネス・レビュー誌に「プレモーテム」という概念を紹介する論文を発表しました。プレモーテムとは、参加者にプロジェクトが失敗した未来を想像させ、その失敗がなぜ起きたのかについてもっともらしい説明を考えさせる思考訓練のことです。「将来何がうまくいかなくなるか」を想像することとの違いは微妙ですが、「すでに悪い結果が出た」という前提に立つことで、「大事故など起きるはずがない」という思い込みを打ち破る効果があります。この発想の転換が重要なのは、事故が起きる「かどうか」ではなく「なぜ」起きたのかを問う点にあります。「なぜ」を問うことで、関連する危険因子が特定される可能性が高まると同時に、特定のリスクを日常的に受け入れてしまうことで生じる先入観を克服する助けにもなります。プレモーテムの手法を活用する際には、陸軍の安全担当者や事故調査官が航空事故調査に使用しているツールの一部を併用すると効果的です。そのようなツールの一つが、人的要因分析・区分システム(HFACS)です。
国防総省(Department of Defense, DOD)が採用しているHFACSの分類体系は、ウィーグマン博士とシャペル博士が米海軍安全センターに所属していた時に、事故に関わる人的要因の調査を支援する枠組みとして開発したものです。HFACSは、ジェームズ・リーズンのスイスチーズ・モデルに基づいています。このモデルは、個人の失敗ではなく、組織の安全管理システム(Safety Management System, SMS)の欠陥に焦点を当てて分析するために考案されたものです。不安全行為が発生するためには、複数の防護層が貫通されなければなりません。事故が起きるのは、スイスチーズの穴が十分に一直線上に並んだ時だけなのです。陸軍は、隊員個人の能力発揮に影響を与え危険な状態を生み出す弱点を部隊が評価するための手引書を作成しており、コンバット・レディネス・センターのウェブサイト(https://safety.army.mil/REPORTING-INVESTIGATION/Regulations-and-Guidance)から入手できます。
このプレモーテムという概念と、安全ツールであるHFACSを組み合わせることで、飛行前ブリーフィングをより充実させることができます。この訓練を実施するには、まずプレモーテムの枠組みから始めます。すなわち、壊滅的な事故が発生したと仮定し、なぜそれが起きたのかを特定しなければならないという前提に立つのです。可能性の高いものから順に、考えられるすべての原因を検討します。次に、HFACSの手引書に記載されている質問への回答を始めます。
手引書はカテゴリー、質問、選択項目で構成されています。最初のカテゴリーである「不安全行為」では、事故の要因となった飛行中の具体的な行為について質問しています。これらを読み通すことで、想定した事故のイメージを具体化することができます。また、事故の直接的な原因を未確定のままにして、次のセクションである「個人のシステム的欠陥」に進むことも可能です。この段階ではすべての質問が訓練に関連するわけではありませんが、各質問に目を通すことで、潜在的な事故原因を網羅的に把握することができます。各質問の下に記載された選択項目は、見落としを防ぐのに役立ちます。例えば、質問I2「事故当事者の精神状態が不安全行為に影響を与えたか?」には、次のような選択項目が含まれています(一部を抜粋):「生活上のストレス要因/感情状態」、「性格特性」、「過信」、「焦り/急ぎ/動機付け」。事故が起きたと仮定してその原因を探るという後知恵を予見する枠組みと組み合わせながら、これらの質問を投げかけ各要素を評価していくことで、ブリーフィング担当者はリスクを包括的に検討することができます。残りのカテゴリーは、搭乗員固有のリスクよりも広い範囲の事故原因を扱っていますが、人員配置や航空機の可動率、訓練の不足といったリスクの有無を確認する手段として活用できます。特に「個人のシステム的欠陥」カテゴリーを活用することで、ブリーフィング担当者はすべてのリスク源を考慮できているかどうかを確認するためのチェックリストとしてHFACSを役立てることができます。
プレモーテムが「事故は起きた」と仮定するのに対し、ポストモーテムはその原因を追究する段階です。このポストモーテムの枠組みでは、「(仮定した)事故の原因は何か?」という問いを立てます。この問いに対する答えは、「この任務における最大のリスクは何か?」という問いに容易に置き換えることができます。こうして特定されたリスクは、ポストモーテムの枠組みの中で再度検討し、依然として妥当かどうかを確認したうえで、残留リスクを評価することができます。
HFACSの手引書はそれほど長いものではないので毎回の飛行で実施することも可能ですが、効果を得るためにすべての飛行で繰り返す必要はありません。ポストモーテムの枠組みに慣れることでリスクを見極める能力が向上し、HFACSを繰り返し使うことで、過去にどのような事故原因が特定されてきたかについての知見が蓄積されていきます。
HFACSはまた、飛行後のデブリーフィングにおける論点を整理するためのツールとしても活用できます。「不安全行為」カテゴリーには、例えば「AE 101:機器・システムの意図しない起動/停止」といった選択項目が用意されています。加えて、各選択項目には、内容の説明と原因究明の着眼点が記載されています。デブリーフィングでは、こうした選択項目を活用しながら、搭乗員は発生した不安全行為や判断ミスをすべてリストアップし、考えられる原因と、そのエラーが事故に至ることを防いだ安全策の両方を確認するようにすべきです。このような取り組みにより、デブリーフィングの質が向上し、将来の失敗防止につながるとともに、エラーが大きな問題に発展する前にそれを捕捉する力が養われます。
「1オンスの予防は1ポンドの治療に値する(An ounce of prevention is worth a pound of cure. =転ばぬ先の杖)」と言いますが、HFACS 8.0のような高度に発展した強力なツールが、事故が発生した後にしか使われないとしたら、それは非常にもったいないことです。HFACSは、飛行前にはプレモーテムの訓練において、仮定した事故がなぜ発生したかを後知恵の予見を用いて説明するために活用でき、飛行後には飛行中に観察された行動とその対処方法を振り返るために使用できます。事故が起きる前にHFACSを活用することで、事故調査の際にHFACSを使わなければならない事態そのものを減らせるかもしれません。
出典:FLIGHTFAX, U.S. Army Combat Readiness Center 2026年02月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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