事象の連鎖による事故の発生
事故の発生には、単一ではなく、複数の事象が関与しているものである。その事象の連鎖をどこかで断ち切ることができれば、状況を変化させ、事故を回避することができる。このことは、航空安全担当者が使うパワーポイントのプレゼンテーションに書かれているだけではない。事実なのである。
12月のある晴れた土曜日のこと、森林火災の発生に伴い、3機の航空機をもって対応すべく、準備を開始した。何も変わったことはなかった。少なくとも我々はそう思っていた。
第1の事象
当該機の整備記録には、電波高度計の示度不良が記載されていた。それは、当時、良くある不具合だった。搭乗員たちは、危険見積を実施したが、それが及ぼす危険性は低いと判断した。搭乗員たちは、クルー・コーディネーションを良好に保ち、気圧高度計の設定を確実に行えば、リスクを軽減できると考えていた。3機の機体は、2機編隊と単機に分かれて、別々の2つの地点で任務を実施することになった。
第2の事象
飛行を開始して45分後、事故機の油圧ポンプの不具合を知らせる警報灯が点灯し、その後、異常な振動が発生するとともに、油温が上昇し始めた。予防着陸を行い、故障探求を行ったところ、油圧ポンプの交換が必要であると判断された。部品の到着を待って、交換を完了するためには、ほぼ1日が必要であった。しかし、その間にも、その航空機が消火に何時から使えるのかを問い合わせる電話が数多くあった。火災の状況が悪化し、民家にも脅威を与え始めていたのである。消火活動に参加したいという欲望が高まり、葛藤が始まった。搭乗員たちは、大急ぎで整備を実施し、地上試運による機能の点検を完了した。
第3の事象
搭乗員全員が焦っていた。整備員たちが離陸準備をしている間に、パイロットたちは、現地到着後の行動について調整を行った。現地に到着すると、消火活動の開始地点を指示してくれる統制機と連絡を取った。そこには、大きな家があり、そこに住む家族が家の外に立っていた。興奮が高まった。
事故機の搭乗員たちは、目標の上空を通過しながら、進入方向を確認した。次に、放水地点と離脱経路を確認した。風と煙の影響により、進入方向は、巨大な高圧線の上空に限定されていた。危険見積を実施し、高圧線の上空では高度を高く維持し、それを通過してから放水地点に向けて降下することに決した。さらなる安全性を確保するため、我々は気圧高度計を監視しつつ、クルー・コーディネーションを適切に維持し、高圧線との距離を保つことにした。
第4の事象
事故機が6回目の放水を完了したのち、無線連絡がせわしくなった。風向が変わったため、次の7回目の放水を最後に、この方向からの放水を終えることにした。統制機は、他の機体と交代をしようとしており、引き継ぎのための説明を無線上で行っていた。このため、事故機の内部通話は困難になっていた。
第5の事象
最後の放水のための進入において、操縦していない方のパイロットは、高圧線にこれまでよりも近づいていることを注意喚起した。しかし、そのパイロットは、当該機を放水地点に誘導する以外に、それ以上の対応をしなかった。その時、当該機が一瞬揺り動かされ、上昇を始めた。懸吊物を監視していたクルー・チーフが「高圧線に衝突したため、懸吊物を投下した」と叫んだ時、最初は冗談を言って驚かしているだけだと思った。続いて機体の右側に位置していたクルー・チーフが、火災地域および煙を回避するため「右上方に離脱」と叫んだ。
教訓事項
事故に至るまでの事象の連鎖を断ち切ることは、決して難しいことではない。なぜならば、その鎖全体の強さは、その中で一番弱い連結部分の強さしかないからである。この事故は、5つの事象の連鎖によって引き起こされたものであったが、そのうちのどれか1つが断ち切られれば回避できたのである。
最初の事象に関して、搭乗員たちは、その危険性を認識したたうえで、制御しようとした。しかし、任務遂行間において、それを効果的に制御することができず、かつ、その状態を修正することもできなかった。
2つ目の事象は、予期できないものではあったが、慌てずに対処し、その危険性を減少し、制御できるようにすべきであった。
3つ目の事象は、2つ目の事象により直接引き起こされたものであるが、任務を遂行しようとする意欲が高かったがゆえに、任務を中止し、可動状態への復帰に必要な時間を確保するという判断が妨げられることとなった。
4つ目の事象については、インターコムのスイッチを下げて機内通話専用にするだけで、状況を改善し、それによる連鎖を断ち切ることができた。
最後に5つ目の事象については、操縦していない方のパイロットが高圧線について警告を発した際に、もっと積極的に行動していれば、それによる連鎖を断ち切ることができた。単にパワーを増加してやるだけで、高圧線を飛び越えることができたのである。
これらの事象の連鎖は、リスク管理を適切に行っていれば、断ち切ることができるものであった。それさえできれば、事故の発生を回避し、任務を完遂できたはずなのである。
出典:KNOWLEDGE, U.S. Army Combat Readiness/Safety Center 2017年11月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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1件のコメント
鎖(チェーン)を構成するひとつひとつの輪のことを「鎖素子(リンク)」というそうです。ただし、あまりなじみのない言葉なので、本翻訳では、「事象」と訳してみました。