テクニカルトーク:安全性の確保におけるイノベーション
メリアム・ウェブスター辞典によれば、「イノベーション」とは、「新しいものを取り入れること」と定義されている。ビジネスの世界において、イノベーションとは、現在もしくは将来のニーズを満たすための進化的もしくは革新的な解決策を指し示す言葉である。これらのニーズは、調達の世界では、「要求性能」として表現される。
陸軍が、FVL(Future Vertical Lift, 将来型垂直離着陸機計画)という重要な課題を解決することにより、その近代化を図ろうとしている中、アメリカ陸軍CCDC AvMC(Combat Capabilities Development Command Aviation & Missile Center, 戦闘能力開発コマンド 航空及びミサイル・センター)の一部局であるAED(Aviation Engineering Directorate, 航空設計部局)にも、イノベーションの推進が求められている。そのイノベーションとは、将来の航空機で用いられる新たな技術の有効性を確認し、安全性を確保するために必要な手順を改善することである。その際に重要なのは、そのイノベーションによって、安全性が損なわれることがあってはならないということである。
FVLプログラムの要求性能は、FARA(Future Attack Reconnaissance Aircraft, 将来型攻撃偵察機)およびFLRAA(Future Long Range Assault Aircraft, 将来型長距離強襲機)の双方への適用が予定されており、その内容には、ライフサイクル・コスト、スケジュールおよび性能諸元などの多数の項目が含まれている。このプログラムに提案を行う各企業は、このイノベーションを受け入れることにより、設計空間の制約を解き放ち、過大なリスクを負うことなく解決策の実行の可能性を高めることができるのである。これらのシステムの安全性を確保するためには、独立的にその業務を実施するAEDの専門家たちと共に、そのための手順を進化させてゆくことが不可欠である。現在、目覚ましい成長を見せている技術には、次のようなものがある(このリストは、そのすべてを網羅したものではない)。
成長中の技術分野
・高度なエンジンおよび動力伝達系統
・悪視程環境のための高度な統合飛行制御システム、パイロットへの指示システムおよびセンサー
・自律・自動操縦
・複数のUAS(Unmmand Aircraft System, 無人航空機システム)の制御およびチーム化
・サイバー攻撃対処
・マンマシンインタフェースの最適化
・意思決定援助およびAI(Artificial Intelligence, 人工知能)
・先進的形態を有する機体における飛行荷重および振動
これらの分野には、航空力学、熱力学、構造力学などの伝統的航空宇宙工学から進化したものもある。また、それらを統合したものもあり、各分野がもたらした成果の2次的な効果にも注目する必要がある。航空機の設計において、ある領域で最適の結果を得るためには、他の領域での妥協が必要となる(例えば、ホバリングで良好な性能を発揮するように設計された航空機は、高速前進飛行における性能が低下してしまう)。高度に統合化されたシステムは、無数の複雑な相互依存の上に成り立っていることを理解する必要がある。
ただし、より高い完全性を追求するためには、このような新しいテクノロジーにおける設計の複雑さを理解するだけでは足りない。安全性審査過程のイノベーションにも力を注がなければならないのである。そのためには、新たな技術における安全性を確保するための手続きに関し、イノベーションを提案してくれる各業界パートナーとの密接な連携が必要となる。
AMACC(Army Military Airworthiness Certification Criteria, 陸軍軍事安全性適合基準)は、安全性に関する要求性能を包括したものである。AMACCは、連邦航空規則と同様に、安全性に関わる規格、前提条件及び判定手段などを示したものであり、安全性確保のための計画策定に必要な基盤を提供している。
安全性を確保するためには、スケジュール上の要求を考慮した上で、プログラムの初期段階において十分なリソースを投入することが必要である。AEDのFVLシステム部には、複数の設計技術者チームが存在し、それぞれが5つのFARA提案企業およびFLRAAプロジェクト・オフィスを支援している。これらのチームが早い段階から開発に関与することにより、安全性確保のためにより多くの時間とリソースを確保することが可能となる。システムの安全性を確保するためのプロセスを厳格にすることにより、適切なレベルにおける危険を把握し、軽減し、対処することができるようになるのである。
FARAプログラムの支援においては、安全性に関する要求性能を担当する専門家たちとの連携が、これまで以上に重視される。試作機の初飛行および装備化に必要な安全性を確保するためには、AEDと設計チームとの連携が欠かせない。
中でも重視すべきことは、企業内プロセスを最大限に活用することである。FARAの場合、企業に対しては、文書化された計画および報告だけではなく、文書以外の成果物の提出も求められている。より少ない公式書類で詳細な技術的情報の共有を可能とする手段のひとつとして、モデリング(modeling)がある。モデリングによる情報共有は、国防総省デジタル設計における基本的な教義となっている。
デジタル設計は、MBSE(Model Based Systems Engineering, モデルベース・システムズ・エンジニアリング)の適用を推進してきた。MBSEは、新型機の要求性能を記述し、分析するために利用されている。MBSEを利用することにより、システム全体の要求性能だけではなく、それに至る前の中間生成物や必要な参考資料へのアクセスも可能になる。AEDには、MBSEの活用方法に精通し、コストの増加を回避することが求められている。
AEDは、経験をベースにした従来の安全確保手法とイノベーションにより改善された手法との根本的な衝突を認識しつつ、その有効活用を図ってきた。衝突は、良いものでも悪いものでもないが、変化をもたらすきっかけとして働く。AEDは、協調性を維持しながらイノベーションを実行し、陸軍航空の近代化を支援し続けてゆくことであろう。
ビル・マッカンドレス氏は、アラバマ州レッドストーン工廠にある航空設計部局のFVL部門で勤務している。
訳者注:図は、訳者が挿入したものです。
出典:ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2019年11月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
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3件のコメント
airworthinessの訳語には、「耐空性」をあてることが一般的ですが、本記事が対象としているのは陸軍機であることから、自衛隊機に関して用いられている「安全性」をあてています。「航空機の安全性の確保に関する訓令」を参照
FVLプログラムの開発にあたって、その安全性の確保にも新しい手法が取り入れられていることが分かります。記事の中では触れられていませんが、V-22オスプレイの教訓が生かされているように思います。
Wikipedia上での議論を踏まえ、FLRAAの訳語を「将来型長距離攻撃航空機」→「将来型長距離強襲機」へと修正しました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ノート:将来型長距離強襲機