フォーラム:TGTの制限機構および警報装置
論説、意見、アイデアおよび情報
ここに表明された見解は専門的な議論を促すためのものであり、アメリカ陸軍または アメリカ陸軍コンバット・レディネス/セーフティ・センターの方針を示すものではない。
数年前、あるUH-60でクラスAの死亡事故が発生しました。
NVG(night vision goggle, 暗視眼鏡)を装着した操縦士は、山頂にあるヘリコプター降着地域でゴーアラウンドを開始した際、前方へのサイクリック・スティックの入力およびコレクティブ・レバーの操作を過度に行ってしまいました。機体は、19度の機首を下げ姿勢で降下し始めました。コレクティブをさらに引くと、ローター回転数が低下し、高度が下がって、岩に激突しました。
この事故の主な要因は、パイロットが利用可能馬力を超過する操作を行ったことにあります。エンジンがTGT制限値に達した時点で、燃料流量はその値を維持するように調整されました。パイロットはコレクティブを引いてさらに出力を要求しましたが、出力が得られず、ローター速度が低下して墜落したのです。本事故の原因がパワー・マネジメントの不適切にあったことは疑いようがなく、同種事故の再発を防止するためには、それを適切に行うための状況判断能力の向上が求められます。この決まり切ったような結論は、けっして間違ってはいません。しかし、同じような事故が過去30年以上の間に何回も発生していることに着目すべきです。細部について確認してみましょう。
陸軍の4つの主要機種(UH-60、AH-64、CH-47、OH-58D)には、いずれにも何らかの形でTGTに制限が設けられています。しかし、飛行中にTGTを実際に制限する機構を有しているのはUH-60とAH-64だけです。ブラック・ホークの取扱書には、次のように記載されています。TGTがデュアル・エンジン時の10分間制限値である約866°Cに達すると、TGT制限機構が燃料流量を制限する。一方のエンジンのトルクが50%未満になった場合には、コンティンジェンシー・パワー自動制御機構により、シングル・エンジン時の2.5分間制限値である約891°Cのより高い温度制限値に切り替わる。燃料流量は、一定のTGTを維持するように調整される。エンジン・パワー・コントロール・レバーをロックアウトに操作した場合は、自動TGT制限機構が無効になるので、TGTを手動で制御しなければならない。
アパッチの取扱書の説明も(エンジンが同一なので)ほぼ同じ内容となっていますが、1つの非常に重要な注意事項が追加されています。それは、「エンジンのTGT制限機構が作動する直前になっても、それを警告する機能は有していない」というものです。制限機構が作動している間も、NGおよび油圧は通常どおりに表示されます。要求出力が増加しても、TGTはエンジンの制限機構により一定に維持されるので、NPおよびNRが一緒に低下することになります。トルク値は、コレクティブピッチの操作に応じて変化します。取扱書の性能に関するページを適切に参照して理解し、性能を計算すれば、エンジン性能が制限される可能性を大幅に低減することができます。エンジン性能の限界に近い状態で飛行する場合には、特に注意が必要です。たとえば、デュアル・エンジン時のTGT制限値に近い状態で飛行している場合に機体の後方または左側からの突風を受けたり、エンジンの防氷装置が作動したりした場合には、エンジンの利用可能馬力が低下する可能性があります。
基本的に、通常の運用状態では、エンジンは10分間制限値で出力を制限します。シングル・エンジン状態においては、正常な方のエンジンの出力を2.5分間の温度制限値まで増加できるようになります。これらの制限を完全にバイパスしたい場合は、ロックアウトに切り替えて、手動制御に移行しなければなりません。その場合には、NP(パワー・タービン回転数)も手動で制御することになります。
私は、30年以上前にブラック・ホークへの機種変換を終えた時点では、このTGT制限機構の大ファンでした。私にとって魅力的だったのは、TGT制限を超える心配がまったくないということでした。確かに、整備管理の面で利点があったのは間違いないと思います。UH-60Aは、兵士を満載して輸送するのに十分なパワーを持っていました。当時のパフォーマンス・プラニング・カードは現在ほど洗練されていませんでしたが、機外懸吊をおこなう場合に慎重な計画を行うようにさえすれば、TGT制限機構によりローター回転数が低下する危険性はほとんどありませんでした。しかし、実際には、そういった事態がたびたび発生してきました。搭載地域で10機のブラック・ホークが重量物を搭載して離陸しようとした際、1機が重荷重状態になってしまった事例がありました。FARP(Forward Arming and Refueling Point, 弾薬燃料再補給点) から完全武装状態で離陸したアパッチが、ほぼ同じ状況に直面した事例もありました。風向きが理想的ではない中、余剰馬力が少ない状態で戦闘陣地でホバリングする場合にも、同じことが起こる可能性があります。その後、機体が(UH-60AやAH-64AからUH-60LやAH-64Dなどへと)アップグレードされて性能が向上しましたが、同時に要求される搭載物の重量も増加しました。より厳しい運用環境にさらされることにより、余剰出力が増加することはありませんでした。高高度・高温環境下での運用は、もはや例外ではなく、予期すべきものとなったのです。
単にタクシーウェイに進入するだけであれば、たとえ余剰馬力が少なくても何も問題がありません。進入角度とエンジン性能を監視するだけで済むからです。しかし、暗視ゴーグルを装着し、砂塵が風防に吹き付け、編隊内の他機による乱気流にさらされ、任務上の要求から時間が制約される状態では、状況はまったく別のものになります。状況の複雑さが増加するに従って、視覚情報が飽和状態になります。見張りを行うべき箇所が増大し、監視対象の一部、特に多くのデジタル数値のように集中して判読しなければならない情報が、省略されたり理解されなかったりしがちになります。
私は、もはやTGT制限機構のファンではありません。その根拠は、次のような簡単なものです。利用可能であるはずの出力が、設計上、使用できない状態に制限されてしまうからです。制限を許容される時間(10分、2.5分および12秒)で区分することには、ほとんど意味がありません。両方のエンジンが出力を供給している場合には、ある制限までしか上げられないのに、一方のエンジンだけが出力を供給している場合は、より高い設定まで上げられるようになっています。しかし、エンジン内の許容温度は、一方のエンジンだけが作動していようと、両方のエンジンが作動していようと変わらないはずです。シングル・エンジン状態にだけ認められている出力は、通常、2.5分も続ける必要がありません。それが必要なのは、何らかの困難な状況から抜け出す数秒の間だけです。砂塵の中をすばやく通過したり、予期せぬ突風や方向転換に対応したりする間だけ必要なのです。事故を回避するため、出力を最大限に引き上げなければならない場合もあるはずです。事故を起こすよりは、エンジンの温度が上がりすぎる方が望ましいに決まっています。
エンジン自体に制限があるという問題をさらに複雑にしているのは、計器に集中していない限り、制限が行われたことに気づかないということです。TGTが制限値に近づいても、警報は表示されません。この記事の最初に紹介した事例においても、事故機のパイロットが、エンジン出力が制限されたことに気づいたのは、低ローター回転数の警報音が鳴ったときでした。事故発生時の状況では、その警報が鳴った時点では、すでに事故を回避することが困難でした。その高度において回復可能なローター回転数を大幅に下回っていたのです。ローター回転数が低下した時ではなく、TGTが制限される前に警報音が鳴っていれば、エンジンへの要求出力を下げるように操作できた可能性があります。
私が言わんとしていることは、次のとおりです。確かに、パイロットには要求出力を把握し、必要に応じて調整する責任があります。しかし、余剰馬力が少ない状況に置かれ、重要なタスクが次々と発生する中、忙しい確認作業に追われるパイロットに、もう少し手を差し伸べてくれても良いのではないでしょうか? OH-58DやCH-47では、エンジン始動時にはTGTの制限が行われますが、飛行中には制限が行われません。その代わり、運用制限に近づいた場合には、パイロットにアドバイザリや警報で知らせるようになっています。UH-60やAH-64にも同様のシステムを導入すれば、飛行中の重要な場面における搭乗員の状況判断能力が向上し、ローター回転数が低下して危険な状態になる前に出力を調整することが可能になります。
はたして、UH-60やAH-64のTGT制限機能を無効にしたり、制限に達した際の警報機能を追加したりするような機体改修の予定はあるのでしょうか? そうであればよいのですが、多分そうではないでしょう。次世代エンジンの開発や機体のアップグレードを計画する調達担当者に、これを考慮に入れてもらうことはできないものでしょうか? 絶対にお願いします。
出典:FLIGHTFAX, U.S. Army Combat Readiness Center 2014年04月
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
アクセス回数:507
コメント投稿フォーム
1件のコメント
本記事は、2014年に掲載されたものです。
陸上自衛隊のUH-60JAは、コレクティブスティック上のスイッチで、コンティンジェンシー・パワーに切り替えられるようになっています。
また、アメリカ陸軍のUH-60Mは、ローター回転数やNpの低下を検知した場合、自動的にコンティンジェンシー・パワーへと切り替わるようになっています。