ピトー管ヒーターによる熱傷

手順に対する慢心は、いつもの飛行後点検を、一瞬のうちに激しい苦痛を伴い、キャリアをも停滞させる医療上の緊急事態に変えてしまうことがあります。UH-60Vブラック・ホークで3.5時間に及ぶ厳しい計器飛行訓練を終えた搭乗員が、チェックリストの規律をわずかに緩めたことで、いつものエンジン停止手順が防げたはずの重傷事故に変わりました。この事故は、機体のエンジンを完全に停止し、機体を安全な状態にして駐機を終えるまでは、任務は本当の意味で完了していないのだということをすべての兵士に警告しています。
事故の前、当該搭乗員は、氷点下の計器気象状態の中、一連のクロスカントリー訓練経路を無事に飛行していました。気温は摂氏マイナス18度で、経路上では軽度の着氷がありました。陸軍航空支援施設(Army Aviation Support Facility, AASF)に戻る頃には、慌ただしかった午後の飛行業務と、長時間の飛行による身体の疲労が、搭乗員に重くのしかかっていました。地上滑走に入ると、搭乗員の頭は、飛行そのものから地上でのシャットダウン手順へと切り替わり始めました。慣れたこの段階は、飛行中の緊張がゆるみ、搭乗員が手順に対する慢心に陥りやすくなる、非常に危うい時間帯です。搭乗員が指定の駐機位置まで地上滑走し、標準のエンジン・シャットダウン手順に入ったところで、操縦室内の作業の流れとクルー・リソース・マネジメント(Crew Resource Management, CRM)に重大な破綻が生じました。
UH-60Vは先進的なデジタル式のグラス・コックピットを備えており、エンジン停止時には、データを確実に記録し、アビオニクスの電源を順序どおりに切ることに、特有の注意を払う必要があります。チェックリストの実施中、搭乗員は、多機能表示器(Multifunction Display, MFD)の1つに、タービン・ガス温度(Turbine Gas Temperature, TGT)の上昇を示す、予期しない、ただし緊急性のない整備上の不具合表示(TGT increased)が出ているのに気づきました。この異状に、搭乗員の注意は一時的に、しかし大きくそらされました。搭乗員は全員で不具合の原因を突き止め、整備員のために記録を残そうとするうちに、正規のチェックリスト実施に求められる、一人が項目を読み上げ、もう一人が応答するチャレンジ・アンド・レスポンス方式から外れてしまいました。多機能表示器に気を取られた操縦士は、ピトー静圧系統の防氷装置をオフにするという、極めて重要な手順を飛ばしてしまいました。
この見落としがどれほど重大であったかを理解するには、UH-60Vのピトー静圧系統の加熱装置の仕組みを知る必要があります。この装置は、悪天候下の飛行中に致命的な着氷が生じるのを防ぐためのもので、ピトー管内部に組み込まれた高効率の電熱素子によって機能します。通電すると、これらの素子は大きな電流を消費し、ピトー管の外側の金属部分を華氏300〜400度(約150〜200℃)を超える温度まで急速に加熱します。実際の飛行中は、胴体に沿って流れる高速の気流が絶えず冷却の役割を果たし、極度の熱を逃がして、ピトー管の表面温度を一定の範囲に保っています。しかし、機体が地上で停止し、気流がなくなると、この温度は大きく上昇します。強烈な熱エネルギーはすべて外側の金属部分に集中し、繊細な対気速度センサーであるピトー管は、数秒のうちに触れれば熱傷を負う危険物に変わります。
機体の電源は完全に切られ、必要な処置もすべて済んで、地上搬送に引き渡せる状態にあると思い込んだ操縦士は、操縦室から降り、規定の飛行後点検として機外を一周して点検し、ピトー管カバーを取り付けようとしました。ここで決定的だったのは、操縦士が規定の飛行手袋を着用せずにこの作業を行ったことでした。飛行後の諸作業の際に個人用保護具の着用を怠るのはよくあることですが、危険な誤りです。右側のピトー管カバーを取り付けるため操縦室ドアの上部に近づいた操縦士は、ピトー管の取付け状態を確かめようと手を伸ばしました。ピトー管ヒーターが適切に停止されておらず、ピトー管がまだ非常に高温であることを知らないまま、素手でピトー管を握りました。熱は一瞬のうちに激しく伝わりました。反射的に手を離すよりも早く、むき出しの手のひらと指が、強烈な熱をじかに受けたのです。
身体への影響はすぐに現れ、操縦士はその場で手が使えなくなりました。操縦士は、手のひらと複数の指の握る面にわたって、重い熱傷を負いました。皮膚の深い層まで達するもので、医学的にはⅡ度熱傷に分類されます。表面だけの熱傷とは違い、Ⅱ度熱傷は皮膚の表面を越えて、その下の層まで大きく傷めます。そのため、患部はたちまち腫れて大きな水ぶくれができ、神経がむき出しになって激しく痛みます。操縦士は直ちに診療所に搬送され、救急医が負傷の程度を診断しました。
陸軍のパイロットにとって、手は航空機を操るための最も大切な道具です。手先の器用さや握力、触覚を損なう負傷は、どのようなものであれ、飛行安全上の危険要因となります。ひどい腫れと水ぶくれ、激しい痛みのため、この操縦士が操縦装置や操縦室内のスイッチを安全に操作することは物理的に不可能であると判断した航空医官は、直ちにダウン・スリップ(飛行勤務不適の勧告書)を発行し、この操縦士を飛行勤務から外しました。この医学的な飛行停止により、高度な訓練を積んだ機長であり部隊の貴重な戦力でもある操縦士が、二次感染で治癒が長引くことがなければ8〜10週間と見込まれる回復期間のあいだ、飛行予定から外れることになりました。部隊は、これによって生じた飛行予定の穴を埋めるために奔走せざるを得ず、即応態勢と運用の柔軟性が低下しました。
教訓事項
結局のところ、この事故は、機体を完全に安全な状態にするまで飛行は終わっていないということを、組織全体に改めて思い起こさせるものとなりました。今回の重傷は完全に防ぐことができたものであり、厳格なチェックリストの規律と、途切れることのない状況把握が欠かせないものであることを浮き彫りにしています。チェックリストの規律を徹底し、クルー・リソース・マネジメントを維持し、適切な保護具を使用することで、激しい苦痛を伴う負傷を防ぎ、貴重な人員を守ることができます。機体のエンジンが完全に停止し、カバーが確実に取り付けられ、搭乗員がけが一つなく機体を離れるまで、飛行が本当に成功したとはいえないのです。
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
アクセス回数:139