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陸上航空(陸上自衛隊航空科職種)の教育訓練、運用、装備、安全等に関連する米軍情報の発信源

アップル・ゼリーによるフレーム・アウト

グレッグ・ラウシン
ポーイング社

「採取した燃料サンプルに異常はないか?」これは、操縦士であれば誰でも、飛行前点検を始める前に機付長に問いかける言葉である。しかしながら、私の場合は燃料サンプルの通り一遍の点検をするのがせいぜいで、時には機付長がサンプルを採取したかどうかを確認するだけの場合もあった。燃料サンプルにそれ以上の注意を払うことは、ほとんどなかったのである…今回の事例を経験するまでは。

本事例は、2007年10月8日の週に、ある国が運用している3機のAH-64Dがイタリアで飛行中に突然のエンジン振動に見舞われたことに端を発した。3機ののうち1機においては、両方のエンジンに振動が発生し、他の2機においては一方のエンジンのみに振動が発生した。これらの事例のうち最も深刻だったのは、両方のエンジンに不具合が発生した機体であり、操縦士が激しいエンジン振動に対処するため、一方のパワー・レバーをアイドルに絞ったところ、同じく振動が発生していたもう一方のエンジンがフレーム・アウトしてしまった。このため、操縦士は、オートローテーションによる緊急着陸を余儀なくされた。一方、他の2機におけるエンジン振動は、それぞれの機体が約12キロメートルも離れた場所を飛行中にほぼ同時に発生していた。
 我々ボーイング社の調査は、不具合の発生した航空機のメインテナンス・データ・レコーダー(MDR)のデータを確認することから始まった。その結果、今回のエンジン振動の発生状況は、GT-T700-701エンジン・シリーズにおいて、これまで経験してきたいかなる振動とも一致しないことが判明した。MDRのエンジン関連データを分析すると、両エンジンのトルクが異常に低下するとともに、ガス・ジェネレータ回転数(Ng)及
びエンジン排気温度(TGT)が上昇していた。このことから、両エンジンがストール領域に入ってサージング状態となり、大きなトルク・スプリットが発生し、パワー・タービン回転数(Np)及びローター回転数(Nr)が急激に上昇/下降してオーバースピード・リミット及びアンダースピード・リミットに到達したものと考えられた。よって、異常が発生したのが一方のエンジンではなく、両方のエンジンであることが明らかになった。ただし、この時点では、MDRのデー夕に何らかの誤りがある可能性もあると見ていた。なぜならば、我々は、双発ヘリのエンジンの不具合は、通常、両方のエンジンに同時には発生しないものと考えていたからである。
 我々は、いくつかの仮説を立てて、本事象を説明しようと試みた。今回の振動は、かなり広範囲にわたる地域で複数の機体に発生していることから、外部からの電磁波によるEMI(electro-magnetic immunity;電磁干渉)が犯人である可能性があった。テロリストによる新型秘密兵器を用いたエネルギー照射ではないだろうか?あるいは、工作員による破壊活動ではないだろうか?一方、燃料の汚染についてはどうであろうか?ただし、燃料に汚染があった場合は、エンジン振動ではなく、エンジン停止を引き起こすのではないだろうか?
 我々はさらに分析を進め、いかなる状況であれば、このような事象がェンジンに発生するのか検討を続けた。過去のEMI試験の結果から、高出力の電磁波であれば、航空機の各系統に影響を及ぼす場合があることが明らかになっている。しかしながら、AH-64Dの場合、影響を受けたのは、計器の表示だけであり、各系統
の機能そのものに影響が及んだことはなかった。
 我々は、更に調査を進めるため、美しきイタリア南部地域に向かい、不具合が発生した機体の保有部隊を訪問して、整備担当者との面接や整備履歴の確認を行った。その結果、さまざまな事実が明らかになった。当該部隊の燃料補給班は、本事例が発生する前、派遣先であるイタリアに移動するための準備として、燃料タンク車の燃料を完全に排出するように命ぜられた。燃料排出作業は、整備実施規定に従って実施され、燃料タンクは完全に空の状態になった。燃料タンクの密閉を完了した燃料タンク車は、スイス経由でイタリアへ地上移動した。当該燃料タンク車が現地に到着ると、燃料が補給され、4機のロングボウが到着するまで待機していた。
 燃料を航空機に補給する前には、通常、燃料タンク車から燃料サンプルを採取することになっている。当該燃料タンク車からは、本事例が発生した後に燃料サンプルを採取し、現地においてアクア・グロ(Aqua-Glo)試験を行ったが、何の異常も発見されなかった。同様にして採取した燃料サンプルは、シェル社にも送付されて試験が実施されたが、やはり問題はなかった。ところが、我々調査チームが調査した結果によれば、当時、現地での試験やシェル社における試験のために送付された燃料サンプルは、清浄な燃料サンプルを得るため、当該燃料タンク車から大量の水(5ガロンのバケツで5杯分以上)を排出した後に採取したものであることが明らかになった。さらに、この部隊は、日ごろから、航空機からの日々の燃料サンプル採取を行っていなかったことが判明したのである。我々調査チームは、このような事実を踏まえ、不具合の発生した各航空機の燃料系統について、
より詳細な調査を行うことにした。
 最初に実施した点検は、各エンジンの手回し点検であった。その結果、当該燃料タンク車から燃料の補給を受けた4機の機体に搭載されていた8台のエンジンのうち4台のHMU(hydro-mechanical unit, 燃料コントロール・ユニット)に明らかな擦れ音の発生が確認された。次に、HMUを取り外して再度エンジンの手まわし点検を実施したところ、今度は擦れ音が発生しなかった。続いて、HMU、HMUドライブシャフト及びエンジン・アクセサリ・セクション・マウンティング・プレートASSYについて、外観検査を実施したが、損傷等は見られなかった。
 次に、燃料タンク、HMU及び燃料フィルタ・ボウルから燃料サンプルを採取した。採取した燃料サンプルを詳細に検査した結果、浮遊セルロース物質(卵とじスープの中の白い繊維質に似たもの)が発見さ
れた。また、燃料フィルタ・ボウルの底面及び側面にゼリー状の物質がべったりと付着しているのが発見された。燃料サンプルを静置しておくと、その粘着性を有するゼリー状の物質は、大きなボール状に凝固し始めた。
 異音が確認されたHMUは、製造会社に送付して分解点検を行うことになった。また、繊維物質を含んだ燃料サンプルは、シェル社に送付して、詳細な分析を実施することになった。
 HMU製造会社からの報告によれば、点検のため送付されたHMUは、当初の受領検査には合格したものの、燃料を供給すると機能不良が発生した。このことから、複数のバルブが何らかの原因で拘束して、HMUに機能不良が発生したものと考えられる。また、当該エンジンの製造元であるジェネラル・エレクトリック社の検討の結果、HMU内部のバルブが異物により拘束した場合は、本不具合発生機のMDFデータに表れていたような状態が発生する可能性があることが明らかになった。
 以上の調査の結果、異常振動の具体的原因を完全に明らかにすることはできなかったものの、燃料の汚染が原因であった可能性が高いと考えられた。
 一方、EMIが要因であった可能性を打ち消すため、不具合発生地域に存在した可能性のある全ての電磁波について、その電波強度を可搬式スペクトラム分析器により測定した。その結果、当該地域には、テレビの受信に影響を及ぼす程度の電磁波さえも発生していないことが確認された。よって、12キロメートル離れているヘリコプターの機能に同時に影響を及ぼす可能性はないと考えられた。
 シェル社によるその後の調査により、今回発見されたゼリー状の物質は、通称アップル・ゼリーと呼ばれる異物の一種であることが判明した。もちろん、朝食のパンに塗るアップル・ゼリーではなく、特に固定巽機の燃料系統に影響を与えることが知られているゼリー状の物質である。この異物は、防氷剤を含有したジェット燃料が大量の水と化合した場合に発生するものであることが判明している。これまでにも、燃料タンク内部にこの異物が発生した事例は何件か報告されていたが、エンジンの燃料系統内部において発生した事例は報告されていなかった。
 本事例から得られる教訓は、燃料サンプルの採取は、確実に実施しなければならないということである。今回の事例において、負傷者や航空機の損害が発生しなかったことは、たまたま幸運であったに過ぎないのだ。

出典:KNOWLEDGE, April 2008, U.S. Army Combat Readiness Center
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

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1件のコメント

  1. 管理人 より:

    毎日行っている燃料検水の重要性を理解できる貴重な記事だと思います。




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