飛行中のオイル補給でCH-47の着水を回避

陸軍のヘリコプター搭乗員が、ほぼ避けられなかったCH-47の全損と、搭乗員の命の危機を回避しました。称賛に値する見事な働きです。
ポール・D・マーシャル上級准尉2とガイ・A・ピアース上級准尉2が操縦していた当該機は、CH-47の6機編隊の長機として飛行していました。編隊は、プエルトリコ島での長期の野外任務を終え、米国本土へ帰還する途上にありました。機内には、ジョナサン・S・ギュラン3等軍曹、ラッセル・H・クロッカー3等特技下士官、ウィリアム・B・クラディック3等特技下士官の、下士官兵の搭乗員3名が搭乗していました。5名はいずれも、ケンタッキー州フォート・キャンベルの第159飛行大隊B中隊に所属しています。
プエルトリコの沖合約60海マイル(約111キロメートル)を飛行していたとき、機上整備員のギュラン3等軍曹が、後部トランスミッション付近からオイルが漏れているのを発見しました。後部トランスミッションのケーシングに取り付けられた補助圧力スイッチが破損し、亀裂の入ったスイッチからトランスミッション・オイルが流れ出ていたのです。
当該機は、最寄りの陸地である、プエルトリコの西方約25海マイル(約46キロメートル)の無人の小島に向けて引き返しました。機長(Pilot in Command, PIC)が、島まで50海マイル(約93キロメートル)であることを機上整備員に伝えると、ギュラン3等軍曹は、陸地に着く前にオイルが尽きてしまうと答えました。
全員が理解したのは、機体の存続、そしておそらくは自分たちの命までもが、後部垂直シャフト(aft vertical shaft)の潤滑を保てるかどうかにかかっている、ということでした。陸地に到達する前に後部トランスミッションのオイルが尽きれば、海に降りるほかありません。マーシャル上級准尉2は、トランスミッションのオイル圧がゼロになるまで飛行を続けることにしました。ゼロになった時点で、海上に不時着水することになります。編隊のうち別の1機が、不具合が生じた機体とともに引き返していました。機長は、随伴機の搭乗員に自らの決心を伝えたうえで、ボリンケンの沿岸警備隊基地に無線で連絡しました。
その時、機付長の1人であるクロッカー3等特技下士官が、機内にトランスミッション・オイルが1ケース積んであることを操縦士に伝えました。飛行中に後部トランスミッションへオイルを補給すれば、機体を救えるかもしれません。随伴機に搭乗していた中隊の整備担当士官は、当該機の搭乗員に対し、試してみるよう指示するとともに、内圧によって給油口からオイルが吹き出すおそれがあると警告しました。
操縦士がコックピットでトランスミッションのオイル圧を監視するなか、下士官兵の搭乗員3名はオイルの補給に取りかかりました。オイル圧は、すでに計器のグリーン・アーク(正常範囲)の下限にあり、なお低下を続けていました。高温のトランスミッション・オイルが3名と作業場所の周囲に絶えず噴きかかり、一つひとつの動作が危険を伴いましたが、3名は手を止めずに続けました。トランスミッションのオイル圧は、ゆっくりと上がり始めました。オイル圧が55ポンド毎平方インチ(約380キロパスカル)に達すると、搭乗員たちはいくらか胸をなで下ろしました。ここからは、漏れる量とほぼ同じ量のオイルを注ぎ足すことで、オイル圧を安定させることができるはずです。そうすればオイル圧を安全な範囲に保てます。ただし、それは手持ちのオイルが続く間だけのことです。

安全な場所までの長い20分間の飛行中、下士官兵の搭乗員たちは、トランスミッションへの補給を続けてCH-47の飛行を支えました。操縦士は、機体の操縦と後部トランスミッションのオイル圧の監視に追われながらも、万一に備えて着水の準備も進めていました。
陸地が見えてくるまでに、漏れ続けるトランスミッションに注いだオイルは18クォート(約17リットル)に達しました。機体が無事に着陸したとき、後部トランスミッションのサイト・ゲージ(油量点検窓)には、オイルがまったく見えなくなっていました。危機一髪でしたが、緊急状況の下で飛行中の補給をやり遂げ、チームとして行動した搭乗員たちの能力が、致命的な事故になりかねなかった事態を防いだのです。見事な働きでした。
12名がブロークン・ウィング章を受章
(『Flightfax』第15巻第10号、1986年11月26日から抜粋)
ブロークン・ウィング章は、飛行中の故障や不具合で緊急着陸を要する事態に陥った航空機を実際に回復させるにあたり、高度な専門技量を示した搭乗員に授与されます。授与の要件は、1982年5月15日付の陸軍規則(Army Regulation, AR)672-74に定められています。
最近、次の搭乗員がブロークン・ウィング章を受章しました。
ジョナサン・S・ギュラン3等軍曹およびラッセル・H・クロッカー3等特技下士官(フォート・キャンベル、第101空挺師団(空中機動)第159飛行大隊(中型ヘリコプター)B中隊)
機上整備員のギュラン3等軍曹と機付長のクロッカー3等特技下士官は、プエルトリコから米国本土へ帰還する途上のCH-47Dに搭乗していました。同機は、最寄りの陸地まで約50海マイル(約93キロメートル)の地点で、後部トランスミッションからオイルが漏れ始めました。その減り方から、搭乗員は、陸地に着く前にオイルがすべて尽きてしまうことを悟りました。下士官兵の搭乗員たちは、機内に積んであったオイルを使い、漏れる量とほぼ同じ割合で、飛行中にトランスミッションへ補給し続けることに成功しました。トランスミッションから噴き出す高温のオイルを絶えず浴びながらも、搭乗員たちは作業をやめず、CH-47を海上に不時着水させる事態を間一髪で回避しました。ギュラン3等軍曹とクロッカー3等特技下士官の尽力により機体が救われました。その尽力がなければ、搭乗していた5名の生命が失われた可能性もあったのです。この事案の詳細は、『Flightfax』1986年6月25日号に掲載されています。
出典:A save for CH-47 crew, FLIGHTFAX, U.S. Army Safety Center 1986年6月25日
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。
アクセス回数:6