イスラム国指導者襲撃作戦でアメリカ軍がMH-60Mを破壊
アメリカ軍特殊部隊がシリアでのアブイブラヒム・ハシミの襲撃に際しMH-60Mヘリコプターを地上で破壊したのは、それが復路の飛行に「使用できなくなった」からであった。
2022年2月3日、アメリカのジョー・バイデン大統領は、アメリカ軍特殊部隊がシリアにおいてイスラム国の過激派グループの最高指導者アブイブラヒム・ハシミ・クラシを襲撃し、その死亡を確認したと発表した。アブ・バクル・アル・バグダディ(2019年の襲撃により殺害)の後継者であるこの最高指導者の殺害を目的とした襲撃作戦が、数ヶ月間にわたる検討を経てバイデン大統領に最終的に承認されたのは、2022年2月1日のことであった。
「勇敢な兵士たちのおかげで、恐ろしいテロ指導者がこの世から消え去りました」とバイデン大統領は国民への演説の中で述べた。「この極めて困難な任務を完遂してくれたアメリカ軍兵士たちの計り知れない勇気と能力、そして決意に心から敬意を表します。我が国を強固に支えている兵士たちは、国土と国民の安全を維持するため、いかなる危険な任務であっても直ちに遂行できる態勢を整えてくれているのです」
このテロ指導者は3階建ての建物に無関係の民間人家族と一緒にいるという情報があり、民間人の死傷者が発生するのを避けるため、空爆の実施は早い段階から見送られていた、と国防総省の関係者は述べた。しかしながら、アブイブラヒム・ハシミが建物の3階で爆弾ベルトを爆発させて家族を殺害したため、この作戦による巻き添えを完全に回避することはできなかった。
爆発の後、特殊部隊は、その建物の2階に家族と一緒に住んでいたイスラム国の最高補佐官と銃撃戦になった。関係者によると、爆発および銃撃戦による13人の死傷者には女性や子供も含まれていたが、それらはアメリカの兵器によるものではないと報告されている。2階にいた子どもたちのうちの数人は、襲撃が始まると1階にいた他の民間人の家族と一緒に避難した。
バイデン大統領は「国防総省には、民間人の死傷者を最小限に抑えるために可能な限りの対策を講じるように指示していました。アブイブラヒム・ハシミが子供を含む家族を自分の周りに集めていることが分かっていたからです」とも述べた。「このため、空爆ではなく、特殊部隊による襲撃を追求することにしたのです。それは、アメリカ軍兵士達にはるかに大きなリスクをもたらすことを意味しました。この選択は、民間人の死傷者を最小限に抑えるためのものだったのです」
アブイブラヒム・ハシミが死亡したことは現地で採取された指紋および回収した遺体のDNA分析により確認された、と国防総省のスポークスマンであるジョン・カービー氏は記者団に語った。このテロリストは、昨年夏に13名のアメリカ人がアフガニスタンの首都カブールで死亡した事件など、数多くのテロ攻撃に関与していた。関係者によると、その行動は過去数カ月間にわたって追跡され、イスラム国過激派との連絡は諜報員を介して行われており、シリア北西部のイドリブ州に潜伏先から移動することがほとんどないことが判明していた。
現時点までの発表によると、この対テロ作戦は午前0時に開始され、終了するまでに2時間以上かかったとされている。襲撃目標となった潜伏先の近くに住む民間人は、ワシントンポスト紙のインタビューに答え、午前1時頃にヘリコプターが飛来し激しい銃撃と衝突が午前4時頃まで続いたと語っている。情報源は不確実であるが、複数のAH-64Eアパッチ、MH-47Gチヌーク、およびMH-60Mブラックホークが用いられた。また、襲撃作戦の間、少なくとも1機の機種不明の無人航空機が上空からの監視を行った。
襲撃作戦を遂行した部隊の詳細は明らかになっていないが、「デルタ」と呼ばれている第1特殊部隊作戦デルタ分遣隊(the 1st Special Forces Operational Detachment-Delta, SFOD-D)が関与したという未確認の情報がある。アメリカ軍側に死傷者があったという報告はないが、作戦開始直後に1機のヘリコプターが遺棄され、襲撃目標から離れた場所で破壊された。
ネット上に拡散されている写真や動画を見ると、爆発の損傷が少なかった機首部分に改修された部分があることから、その残骸は第160特殊作戦航空連隊(the 160th Special Operation Aviation Regiment, SOAR)「ナイトストーカー」のMH-60Mのものであると推定される。その破壊が地上部隊の爆破によるものなのか、あるいは空中部隊の空爆によるものなのかについては情報が錯綜しており、地上部隊により破壊されたのちに空爆されたとする情報もある。
政府高官は、当該機体が潜伏先の近くに着陸したのちに機械的な問題が発生したことを認めている。この特別に改修されたMH-60は、特殊部隊が突入した後、復路の飛行には「使用できない」と判断され、人目につかないところまで飛行してから爆破されることになった。当該機は、いかなる種類の墜落もしておらず、搭乗員の負傷についても報告されていない。また、機密性の高い搭載装備品は、破壊前に取り外された。
この襲撃作戦に投入された機体や人員の数は、明らかにされていない。ただし、この作戦は、2019年にアル・バグダディを殺害した際の作戦と多くの類似点を有している。2019年の作戦においては、8機のヘリコプターと約50〜100人の隊員が襲撃目標に投入され、戦闘機による近接航空支援も実施されていた。今回の襲撃作戦においても、同程度の規模の襲撃部隊が投入され、問題となったヘリコプターに搭乗していた搭乗員および兵員を退避させるのに十分な勢力が確保できていたものと考えられる。
また、2011年にオサマ・ビンラディンを殺害した作戦との間にも、いくつかの類似点がある。記憶にあると思うが、襲撃作戦を支援するヘリコプターのうちの1機が、ビンラディンの潜伏先付近に着陸進入中、高温高標高の環境に影響を受け、制御不能に陥って落着した。その際、当該機の尾部およびテールローターが高さ12フィート(約3.7メートル)の壁に衝突した。当該機は、その後爆破処理されたが、テールローターなどが形を残していた。
2011年5月2日、アメリカ海軍のシールズが使用したこのヘリコプターの残骸の写真がSNSで拡散されると、世界中の航空専門家や航空マニアたちは不思議がらせた。そこに写っていた部品は、一般に知られるいかなるヘリコプターのものとも違っていたからである。数時間後の2011年5月3日、本誌は、それがステルス機能を有したものであったとする記事を掲載した。
確かに、テールローターには、防弾プレートのような通常とは異なるカバーが取り付けられていた。それは、当時NASAが試験を行っていた、ローターブレードのピッチ角を変更するコントロール系統を覆う騒音低減カバーにも似ていた。また、ブレードは、通常よりも平らな形状で翼面形をしておらず、最新のステルス戦闘機に用いられている対レーダー塗装やレーダー吸収材に酷似した塗装が行われていた。これらの特徴は、公表されているどのブラックホーク、チヌークおよびアパッチにも見られないものだったのである。
この「ステルス・ブラックホーク」の謎が解明されるのは、まだ、先のことになるだろう。
翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人
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