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陸軍航空の情報センター

アパッチ搭載用デジタル・マップの装備化

陸軍中佐 マイク・カバリエ 及びダグ・エラー共著

「アタック6、こちら地上指揮官のゴースト16、エー、アタック6は、伏撃地点から離脱した敵を補足し、撃破せよ。敵は白いピックアップで北側の舗装されていない道路、つまりその、エー、墓地の西側のMSR Victorを西に向かって移動中...」
この無線通話の内容はフィクションであるが、OIF(Operations Iraqi Freedom、イラクの自由作戦)に参加しているAH-64アパッチの操縦士は、このような無線のやり取りを毎日のように繰り返している。本記事は、アパッチ搭載用デジタル・マップが誕生するまでの経緯と、それがGWOT(Global War on Terrorism,テロリズムに対する世界規模の戦争)に参加しているアパッチ操縦士にもたらしている効果について紹介するものである。

デジタル・マップ装備化の効果

夕焼け空を背景にしながら、海兵師団の車列の上空を飛行するAH-64Dロングボウ(2005年11月14日撮影)

多くのアパッチの操縦士は、「デジタル・マップの装備化により、任務遂行にあたって、地上指揮官の要求に即応することが以前よりも容易になった。」と報告している。また、「地上指揮官の命令・指示に含まれている建造物等の地形地物の位置を迅速に把握し、偵察目標や対地攻撃目標をより確実に捕捉することが可能となった。」との報告もある。
 これらの効果が特に重要となるのは、緊急任務のように、操縦士が最小限の情報や指示しか与えられずに離陸し、地上指揮官と迅速かつ正確に連携しながら任務を遂行しなければならない場合である。

紙地図の問題点

戦闘状況下で飛行する操縦士には、高速で飛行しながら、自分の目や、航空機に搭載された各種センサー等から得られる大量の情報を迅速に処理するという極めて困難な作業が求められている。特に地上部隊指揮官からの目標指示が地形地物との相対的位置関係で示される場合、その困難さは更に増大する。たとえば、市街地における操縦士への目標位置の伝達は、「目標の位置は、学校の北側の2番目の建物の屋上...」というように、建物(学校、役場、寺社)、道路、交差点、鉄塔、送電線、線路等の地物を基準として示されることが多い。紙地図を開き、地図の方位を合わせてから(夜間はライトで照らす必要もある)、多目的ディスプレイ(MPD, multi-purpose display)に表示される情報や機外の地形・地物と関連づけるというのは、非常に困難かつ時間のかかる作業である。
狭い操縦席の中での紙地図の使用は、時間の無駄が多く、ただでさえ大きなストレスがかかっている操縦士のワークロードを増大させ、状況認識力を低下させてしまう原因となっている。

デジタル・マップ誕生の経緯

2003年テキサス州フォート・フードにおいて、各種搭載・地上器材との相互運用性試験を実施中のブロックⅡロングボウ・アパッチ

軍事用デジタル・マップによる上記問題の解決を数年前から模索してきた各社の製品のなかから、今回、ハリス社の製品がロングボウ・アパッチに採用されたのは、これまでにも各種のシステムを陸海空軍機に供給してきた実績を買われてのことであろう。特に、アパッチ搭載のディスプレイ・プロセッサを改修した経験は、本システムに組み込まれているコンピューターの処理能力向上に生かされ、4個のG4メイン・プロセッサ・チップと4個の民生品のグラフィック・チップを統合し、その処理能力を向上させることにより、ムービング・マップやテクスチャ(訳者注:3次元コンピュータグラフィックスで、物体の表面の質感を表現するために貼り付ける画像)保存等の高度な機能が実現した。
 他方、ロングボウ・アパッチのプログラム・マネジメント・オフィス及びボーイング社は、このデジタル・マップ・システムの開発、試験、認定及び補給を、当初の計画より」1年も前倒しで実施するという要求に対し、最大限の努力をしてきた。特に、新型ミッション・ディスプレイ・プロセッサの試験におけるインターフェイス上の問題発生に際しては、ソフトウェア及びファームウェア(訳者注:ハードウェアの基本的な制御を行なうために機器に組み込まれたソフトウェア)のアップデート等の対策を速やかに実施し、迅速な問題の解決を図った。
 このようにして開発されたデジタル・マップは、まずイラクに派遣中の第1騎兵隊師団第1大隊第227飛行連隊に装備され、その後ブロックIIのアパッチを保有するOIF参加全部隊に装備されて、非常に高い評価を得るに至った。

デジタル・マップがもたらす効果

このデジタル・マップ・システムは、ブロックIIのアパッチに搭載のデータ・トランスファ・ユニットと接続され、300×300kmに及ぶ範囲のレベルIIデジタル地形標高データ(訳者注:MIL規格で規定された約30m毎の標高、傾斜等のデータを網羅したもの)を表示することが可能である。地図データとしては、デジタルや紙、衛星写真等の様々な種類・縮尺の地図が使用可能である。地図の表示は、2Dまたは3D表示のいずれかを選択可能であり、等高線間隔、解像度及び等高線色の表示設定の変更、表示位置の移動(左方、右方、前方または後方)、表示方向の切り替え(北方向、航路方向または機首方位を上)が可能である。
 また、敵脅威範囲の表示を追加したり、地図の中心を移動させて飛行方向の地域を広範囲に表示したりすることもできる。

デジタル・マップの使用方法

ロングボウ・アパッチの多目的ディスプレイに3Dモードで表示されたデジタル・マップ

デジタル・マップには大容量のメモリが搭載されているため、各種空域統制等に関する情報に加えて、鉄塔やワイヤー等の障害物に関する追加的な情報を飛行任務実施前にダウンロードして、最新情報を全操縦士に共有させることが可能である。
 ほとんどのパイロットが経験しているように、飛行任務のための移動中に任務が変更されるというケースもよくあるが、その場合においても、デジタル・マップがあれば、変更後の目標地域と自機位置との位置関係の把握が極めて容易であり、紙地図に比べて、地図の判読以外のことにより多くの注意力を配分できる。
 観測地点や射撃地点へ向かう接敵機動のための経路選定においては、あらかじめ経路上の詳細な地形を把握して、少しでも危険性の低い経路を選定できる。接敵機動中においては、任意の地形地物の方向に照準器、測距器及び武装を自動的に指向することができる。 目標地域上空への到着後は、デジタル・マップに表示されている地図や記号を現地の地形と比較しながら、少しでも有利な射撃地点を探し出し、そこに移動することが可能となる。
 特に任務前の準備時間が限定される飛行任務の実施にあたっては、射撃禁止区域や友軍の配置等の空域統制を迅速に確認することができ、その効果は大きい。
 デジタル・マップの装備化に併せて導入された統合Blue Force Tracking(BFT,航空機用友軍位置情報追跡システム)を用いることにより、友軍及び敵の位置及び航空機との相対的な位置関係をほぼリアルタイムで表示することができる。
 このシステムによってもたらされた状況認識能力は、今後予定されている陸軍戦闘コマンド・ソフトウエア及び新型戦場ネット通信の導入により、更に向上するものと予想される。
 紙地図の場合においてもよくあることであるが、多数の図形や部隊符号を表示すると、地図が覆い隠されて見えなくなってしまう場合がある。デジタル・マップの場合は、地図の縮尺を変更したり、BFTアイコンの表示レベルを調整したりすることにより、適切な表示状態を得ることができる。

今後のデジタル・マップの動向

後席の多目的ディスプレイに状況更新モードで表示されたにデジタル・マップ

既にすべてのブロックIIAH-64Dロングボウ・アパッチはデジタル・マップを装備しており、今後のアパッチ近代化プログラムの進展に従い、最終的にはすべてのロングボウ・アパッチがデジタル・マップを装備する予定である。
 デジタル・マップは、計器板上に配置された4つの大型高解像度多目的ディスプレイに映し出されたムービング・マップ上に各種の情報を重ねて表示することにより、紙地図が有していた問題点をことごとく解決するとともに、ほぼリアルタイムの状況認識を可能とする極めて有用な器材である。
 デジタル・マップは、アパッチ運用の柔軟性、迅速性及びアパッチ操縦士の状況認識度を明らかに向上させている。イラクから最近帰国したある操縦士は、「デジタル・マップが装備されてからは、前後席双方の操縦士が操縦に集中できる度合いが、以前と比べて明らかに高くなった。」と語っている。

Mike Cavalier陸軍中佐はロングボウ・アパッチのプロダクト・マネージャ、Doug Eller退役陸軍大佐はロングボウ・アパッチ・プロダクト・マネジメント・オフィスのプルグラム・アナリストであり、2人ともレッドストーン工廠の航空プログラム・エクゼクティブ・オフィサーである。

           

出典:ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2006年05月

翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット

備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

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