FARA( 将来型攻撃偵察機)プログラムの中止は正しい選択だ
太平洋の広大さ、対空兵器の発達、ドローン技術の進歩、そしてウクライナでの教訓による必要性の低下
最も注目されていた航空機開発計画のひとつであり、2社による試作機の製造がすでに始まっていたFARA(Future Attack Reconnaissance Aircraft, 将来型攻撃偵察機)プログラムが中止になったというニュースは、多くの人に衝撃を与えた。しかし、本当のところは驚くべきことではないのだ。太平洋での大規模な戦闘への対応が重視される中、ウクライナでのヘリコプター戦闘の状況を把握したアメリカ国防総省は、FARAプログラムの妥当性に疑問を持たざるを得なかった。さらに、そのプログラムの根拠となっていた将来の航空戦の想定についても、再検討せざるを得なかったのである。
簡単に言えば「これ以上先に進むのは無駄」ということであり、本格的な飛行試験の開始前に中止したのは正しい判断だと言って良い。
この記事を書くことは、私にとって非常につらい仕事であった。なぜなら、レイダーXを提案したシコルスキー社と360インビクタスを提案したベル社の両チームが、この武装偵察攻撃ヘリコプターの開発という課題に対して独創的な解決策を案出し、その実現に情熱を傾けてきたことを知りすぎるほど知っているからである。双方の設計はいずれも将来有望なものであり、今後も何らかの形で存続されることを願っている。
ただし、これらの機体がどれほど素晴らしいものであっても、将来の戦場における有用性には明らかに疑問が生じていた。また、陸軍の攻撃ヘリコプター事業に対する投資金額についても、同じく見直しが必要な状態になっていた。
当たり前のことであるが、「変革」はアメリカ軍にとって簡単なことではない。そこには、長い伝統を持つ巨大な官僚機構と、それに結びついた航空業界が立ちはだかる。そのうえに議会があり、その調達や編制の決定には雪崩のように利権が押し寄せる。新型航空機の開発とそれが数十年後に耐用年数を迎えるまでの間の維持には、巨額の資金がつぎ込まれるからである。しかし、国防総省は、従来どおりの事業を性急に推進することが諸外国からの脅威よりも国家安全保障を脅かしかねないことにようやく気づいたのである。このような観点に立てば、急速に変化を続ける現代戦において意味をなさないという理由で、この主要なプログラムを中止するという判断はけっして悪い兆候ではない。
非常に複雑で航続距離も短いヘリコプターを何百機も調達することは、たとえそれが従来機種に比べて航続距離や速度が向上しているとしても、広大な太平洋での戦闘においては十分な費用対効果が望めない。FARAに費やされる資金は、それよりも妥当性や優先度の高い事業や新興技術を犠牲にした見返りと比較して、あまりにも過大であった。
太平洋の戦いでは、そのほとんどの場面において、たとえ航続距離が改善されたFARAであっても、安全を確保できる基地から十分な戦果が得られる攻撃地点までの移動を繰り返し、かつ、生き残るのは至難のわざである。このような戦闘においては、これらの航空機ではほとんど何もできない可能性が高い。これは機体の能力が足りないからではなく、そもそも戦闘地域まで移動し、そこから生還することができるかどうかが怪しいからである。
ウクライナ戦争は太平洋よりもヘリコプターの性能に適合した場所での戦いであったが、それでも現代の戦場においてヘリコプターがいかに脆弱であるかを見せつけることとなった。敵の防空網が層状に張り巡らされた中では、特に攻撃や偵察におけるヘリコプターの有用性が大幅に低下する。攻撃ヘリコプターにとって、目標との戦闘地域内に侵入する必要性と確保できる生存性との均衡を維持することは極めて困難になっている。スタンドオフ攻撃を実行するためには、ヘリコプター以外の手段の方がはるかに適している。
このような任務のためにコックピットに人が乗ること自体が必要なのか、その疑問は日を追うごとに高まっている。すでに1,000機近くのAH-64アパッチを運用しているアメリカ陸軍においてはなおさらである。にもかかわらず、そのアパッチのほぼ半数がFARAで置き換えられる予定だった。将来は無人機の時代なのだ。特にFARAが担おうとしていたリスクの高い任務においては、その優位性が著しく高い。
確かに、速度性能が向上すれば生存性の向上が期待できる。敵の地上火力などによる攻撃可能時間が短くなり、その脅威が減少するからである。また、戦闘地域までの移動時間が短縮することも、それらの脅威を回避できる可能性を高めるであろう。しかし、特に最新のIADA(integrated air defense systems, 統合防空システム)が相手の場合は、ヘリコプターの最高速度が時速100マイル増加したとしても、その堅固な防御能力に影響を与えることは難しい。問題なのは単一の防空システムではなく、複数の異なる防空システムが同時に存在する地域で生き残ることができるかどうかである。リアルタイムで連携できる防空システムの場合、航空機を発見・撃墜できる可能性が極めて高くなる。地対空ミサイルにとっては、一旦目標を探知し追尾を開始したならば、それが時速150マイルで飛行していようが、時速250マイルで飛行していようがほとんど関係がないのである。
私は長年にわたって、複数の軍用ヘリコプター部隊で多数のパイロットから話を聞いてきたが、速度性能の向上が生存性の顕著な向上につながると考える者は誰もいなかった。コックピットには新型の自己防護機器が搭載されている。それらは運用に大きく貢献するであろうが、そのためにいったいどれだけのコストが必要で、いったいどの場面で実際に役立つというのであろうか?
FARAが重視していたのは、速度だけではなかった。厳しい状況下で任務を遂行するためには、速度に加えて新しいテクノロジーを導入する必要があったのである。
なかでもALE(Air launched effect, 空中発射機器, 航空機から発射され、偵察や近接妨害などの電子戦攻撃を行い、おとりになり、「スウォーミング」と呼ばれる群れとなって長距離を飛行し攻撃する能力を有するドローン)は、あらゆる回転翼機が戦場で生き残るために大きく貢献すると考えられていた。FARAから発射され制御されるこれらのドローンは、その生存性を確保するための手段として重要な地位を占めていた。ただし、ALEやその制御機器を搭載できるヘリコプターは、FARAだけではない。同じくFARAへの搭載が予定されていた電子戦システムなどの高度な自己防護機器、優れた状況認識や生存性をもたらす強力なセンサーや通信機器にも同じことが言える。FARAプログラムの中で開発が進められてきたものの、搭載する機体に依存しているわけではなく、FARA専用のものでもない。
FARAプログラムの中止は、陸軍に多額の余剰資金をもたらすことになる。これを活用すれば、すでに同様のシステムを装備している既存機の装備を充実させるとともに、長距離を飛行して非常にリスクの高い任務を遂行する必要のある高性能無人機により多くの投資を行うことが可能となる。有人・無人チームの連携をさらに強化し、特にアパッチの生存性や柔軟性を大幅に向上させ、さらに効果的な任務の遂行できるようにすることもできる。詳細については、こちらをご覧いただきたい。
FARAプログラムの中止によって生じる問題点はないのだろうか? もちろん多くの問題点が考えられるが、FARAが有する機能は他の機種からかけ離れたものではなかった。FARAプログラムには、数百機(約350機と予想されていた)の先進的な航空機、特にレイダーXの場合はこれまでにない斬新な航空機と、それを数十年間運用するために必要なすべてのインフラストラクチャへの投資が含まれていた。見込まれていた膨大な出費は、このプログラムのライフサイクル全体に対するものだったのである。
これまで述べたとおり、現時点におけるFARAの妥当性を見出すことが難しいとしても、この機体が実際に配備された時、あるいはそれから15年か20年が過ぎた後においてはどうであろうか? 次世代型ティルトローターのベルV-280バローをベースとした中型機であるFLRAA(Future Long Range Assault Aircraft, 将来型長距離強襲機)の開発は、今後も続行されることになっている。アメリカ陸軍は、FARAプログラムの中止に関する説明する中で、今後もFLRAAプログラムに重点を置き続けることを明らかにしている。V-280は、いずれのFARA試作機よりも大幅に優れた速度性能、航続距離 (空中給油も可能)、機内搭載容量を有しており、武装偵察や攻撃任務に適応させることも難しくない。このような任務に用いられることは、かねてより予測されていたことであった。
FLRAAに標準の多用途任務形態に加えて武装・攻撃任務形態を加えることは実に理にかなっている。同一の性能を有する機体同士であれば、よりシームレスな連携が可能になる。ほぼ同一の速度で飛行し、同一の航続距離を飛行できれば、複雑な運用を伴わずに相互に支援し合うことができるからである。それぞれの任務にFARAとFLRAAを用いた場合には、それぞれの性能が異なるため、特に速度が遅いベル社の提案が採用された場合には、複雑な運用を強いられたことであろう。また、前方地域における協同作戦では、2機種に対応する支援基盤の維持が困難な状況も予想される。
ただし、攻撃任務用形態のFLRAAは機動性が損なわれるし、FARAに要求された機体サイズよりも大きくなってしまう。将来の航空戦闘における妥当性については、今一度議論する必要があろう。その際、FLRAAはFARAよりも高速で飛行できるため、これらの欠点をある程度は相殺できることも考慮すべきである。重要なことは、とにかく戦闘地域まで移動できることである。それができなければ、何も意味がない。いずれにしても、今後はFLRAAをより適切に運用し、より多くの能力をより早期に実現できるようにするため、追加の資金投入などの処置がとられることになろう。
360インビクタスとレイダーX はどちらも有望な機体であるが、その理由は大きく異なっている。ベル社の360インビクタスは、シコルスキーのレイダーXほど野心的な設計ではない。伝統的な設計によるリスクの低減が何よりも重視されている。これに対し、レイダーXは伝統的な設計からかけ離れた、大幅な性能向上を重視した機体であり、将来的にはFARAとは別の役割を担うことになる可能性が高い。
単に性能が異なるだけではなく、FARAプログラムが機種選定を完了しないまま中止になったことによる影響もまったく異なっている。ベル社は、FLRAAプログラムの契約に基づいてH-60ブラックホークの後継機を開発・製造し、アメリカ陸軍の回転翼機に新しい時代をもたらそうとしている。これに対し、シコルスキー社は、社運を賭けてきたX2コンパウンド・プッシャー・リジッドローター・テクノロジーの実現にとどめが刺されたような形だ。シコルスキー社が担任するプログラムにはにはCH-53Kキング・スタリオンや、陸軍が今後何年にもわたって調達し、進化を続けながら同社に莫大な利益をもたらすと考えられるブラックホーク・シリーズもある。しかし、FARAやFLRAAにおけるX2コンセプトは、シコルスキー社の長期的な将来を決定づける鍵となっていた。この名高い航空機製造会社が今後どうなるのかを見通すことは難しくなってしまった。
ロッキード・マーティンの子会社であるシコルスキー社が提案していたSB>1デファイアントは、X2テクノロジーやその後のS-97レイダーを発展させた機体であった。しかし先にのべたとおり、その機体はFLRAAプログラムにおいてベルV-280バローに敗れ去っていた。X2テクノロジーは、ヘリコプターに大きな進歩をもたらす技術であり、今後も研究が継続されることが期待される。レイダーは比較的成熟度が高い機体であり、何年にもわたって飛行テストを繰り返してきた。今回の決定がX2の旅の終わりにならないことを願うばかりである。
アメリカ特殊作戦軍 (SOCOM) は、両方のFARA候補機に関心を示していた。特に武装の搭載にも利用できるキャビンを備えたレイダーは、第160特殊作戦航空連隊のMH/AH-6リトル・バードの後継機として最適かもしれない。アメリカ陸軍特殊作戦航空団が開発を引き継いだ場合には、諸外国への販売も期待できる。
X2テクノロジーは、一刻を争う捜索救助活動など、軍事以外の分野にも用途を見いだせるかもしれない。また、レイダーのような機体は、VIPや重役、大富豪にとっての究極の選択肢にもなりうる。通常のヘリコプターよりもはるかに速く、あらゆる場所に人員を直接移動させることができるからだ。X2の派生型機が耐空証明を受けるのはまだ先のことになるかもしれないが、こういった用途が検討に値することは間違いない。現時点における最大の懸念事項は、今後、軍事的な資金の供給が絶たれた後も、シコルスキーがこの技術への投資を続けることができるかどうかである。
ベル社の360インビクタスは、優れた目標補足能力を有する、より伝統的な設計に基づいた軽攻撃偵察ヘリコプターである。こちらの機体も開発が継続され、海外で販売される可能性が残っている。基本設計上の制約によりレイダーXほどの汎用性は期待できないものの、リトル・バード後継機の選択肢として検討されるかもしれない。MH-6と同じように少人数の特殊作戦オペレーターを輸送するため、機外に装備するポップアウト・シートも考案されている。
レイダーXも360インビクタスも飛行試験の結果が楽しみな機体である。しかし、中国をめぐる世界情勢は、日を追うごとに悪化の一途をたどっている。高脅威状況下でも自由に飛行できる無人機の時代が到来した今、FARAプログラムに巨額の資金をつぎ込むことには何の意味も見出せない。
FARAプログラムの中止は、当然のことながら多くの人にとって衝撃的な決定であった。しかしそれは、アメリカ軍が過去の戦闘様相に縛られず、将来の変化への対応に真剣に取り組んでいることの表れにほかならないのである。