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陸軍航空の情報センター

FLRAA(将来型長距離強襲機)による航空患者後送

大佐 スティーブン・A・バーンズ

航空患者後送の精神

1964年7月1日、第57医療分遣隊長のチャールズ・ケリー少佐は、ベトナムで航空患者後送任務を実施していた。ケリー少佐は、敵の攻撃が激しいことを理由に何度も任務を中止するように警告されたが、「負傷者がいる限り!(When I have your wounded!)」と言って任務を継続した。その後、ケリー少佐は、敵の攻撃により致命傷を負った。

統合出版物JP4-02は、MEDEVAC(Medical Evacuation, 患者後送)を「前方または戦術地域内において、専用の患者後送用機材(救急車両または救急航空機)を使用し、衛生隊員が搭乗して早期に効果的な移動間治療を行いながら、負傷した又は病気の人員を移動させる輸送システム」と定義している。負傷した場合の治療および後送能力が確保できていない状態で、陸海空軍の兵士たちが危険な地域に送り込まれるようなことがあってはならない。また、戦死者に対して果たすべき責任は、今も昔と変わることがない。

陸軍の責任

航空患者後送は、アメリカ合衆国国防長官によって「陸軍による他軍種支援」のひとつに指定された、陸軍の重要な任務である。この任務の遂行は、あらゆる階層におけるあらゆる計画に、後付けではなく、あらかじめ含まれていなければならない。

近年の紛争においては、国防長官により「緊急」または「緊急外科」患者の後送基準時間が1時間に変更されたのを受け、後送計画に教義上の変更が加えられた。他の陸軍医療システムの改善とあいまって、アメリカ軍全体の負傷者の生存率は、91パーセントという歴史的に高い数値を記録した。生存率向上のカギは、速度なのである。2013年度国防権限法は、航空患者後送の成功をさらに促進するため、救急医療従事者に対する42項目の新たな救急医療処置訓練の実施を定めた。これらの救急医療処理を行うためには、アメリカ陸軍航空医学研究所報告2015-07「航空患者後送における経路間の集中治療実施の妥当性」に定義されているとおりの十分な治療スペースを確保するとともに、これまでとは異なるキャビン設計が必要となる。

FVL(Future Vertical Lift, 将来型垂直離着陸機計画)

20年間の航空患者後送任務から得られた教訓事項は、将来の航空患者後送機の要求性能の定義に必要な情報をもたらした。MEDEVAC(Medical Evacuation, 患者後送)開発担当者たちは、航空、特殊作戦、戦闘支援に関する開発担当者や統合担当者たちで構成される要求性能統合プロセスチーム(Requirements Integrated Process Team, RIPT)と連携しつつ、FVL(Future Vertical Lift, 将来型垂直離着陸機計画)機が航空患者後送、多用途および空中機動任務を遂行するために必要な能力の明確化に努めた。その能力リストの最上部に記載されたのは、速度、航続距離および搭載容量であった。関連企業からのフィードバックにより、それらの要求性能は、「実行の可能性」の観点から分析され、2013年4月10日に発出された統合要求性能管理委員会(Joint Requirements Oversight Committee, JROC)認証FVLシステム系列初期能力ドキュメント(Initial Capabilities Document, ICD)を経て、最終的にはFLRAA(Future Long Range Assault Aircraft, 将来型長距離強襲機)能力開発要綱ドキュメント(Abbreviated Capabilities Development Document, A-CDD)にまとめられた。このドキュメントの別冊Bには、救急医療レベルの治療に関する考慮事項などのMEDEVACに関する要求性能が記載されている。陸軍軍医総監は、2020年10月2日にFLRAA要件を承認した陸軍要求性能管理委員会(Army Requirements Oversight Committee, AROC)に出席し、FLRAAを全面的に支持することとを表明した。

FLRAA航空患者後送機の3Dモデル

進化する統合作戦環境

敵の脅威が進化するに従い、国防長官は、マルチドメイン作戦の概念を構築するとともに、ほぼ対等な敵との紛争に備えた将来計画および兵力開発のための構想を明らかにしてきた。「陸軍は、2028年までに、統合、諸職種連合、マルチドメインかつ高強度な紛争に際し、いかなる時期または場所であっても、いかなる敵に対しても展開し、戦闘を行い、決定的な勝利を得ると同時に、他国との紛争の発生を抑止し、非正規戦を実行できる能力を維持できる態勢を整備する。」-陸軍長官 マーク・エスパー、大将 マーク・ミリ―

「陸軍衛生科は、2028年までに、いかなる敵に対する、いかなる時期および場所における統合、諸職種連合、マルチドメインかつ高強度な紛争に際しても、陸軍の展開、戦闘および撃破を支援すると同時に、他国との紛争の発生を抑止し、その即応体制を維持する。」-ディングル中将

訓練教義コマンドパンフレット525-3-1(TRADOC Pamphlet 525-3-1)「マルチドメイン作戦におけるアメリカ陸軍2028(The U.S. Army in Multi-Domain Operations 2028)」は、欠如している機能を補完するための調達を推進し、問題点に対処することなどの近代化構想を確立した。正確な長距離射撃、冗長性を有する統合防空システム、強力な空軍(有人システムおよび無人システム)およびサイバー戦能力を備えたほぼ対等な敵の台頭は、アメリカにかつてない困難をもたらそうとしている。FVL(Future Vertical Lift, 将来型垂直離着陸機計画)全体は、そのような脅威に対抗しつつ機動能力を発揮できるように設計されている。FVL機は、航空領域の下層域における決定的に優位な地位を確保する。到達(速度、航続距離、耐久性)およびスタンドオフ(空中発射機器および改善されたネットワーク)能力の向上は、FLRAAの生存性を大幅に高めている。もはや、患者後送を行わないという行動方針は存在しないのである。

訓練教義コマンドパンフレット525-3-1

「大規模戦闘作戦においては、後送距離が増大するため、前線における医療部隊およびその装備品の救命能力、運用範囲および後送能力の向上が必要となる。航空患者後送機の近代化は、陸軍航空と陸軍衛生とのコラボレーションを必要とする継続的かつ総合的プロセスである。」

FLRAA航空患者後送機の3Dモデル

マルチドメイン作戦における戦略

戦略には、長い距離と分散した場所での運用が含まれる。特に航空患者後送任務においては、距離が長くなるほど、速度と行動半径の重要度が高まる。その距離は、現行機種の能力を超えることが考えられる。特に太平洋においては、H-60ブラックホークシリーズの航続能力では、島嶼間を移動しながらの軍事作戦が困難になるとみて間違いがない。そこでゲームチェンジャーになるのが、FLRAA(Future Long Range Assault Aircraft, 将来型長距離強襲機)なのである。

陸軍将来コマンドおよび機能横断型チーム(Army Futures Command and supporting Cross-Functional Teams)は、必要とされる能力の実現および近代化に取り組んでいる。FVL機能横断型チームは、既存の攻撃、多用途および輸送ヘリコプターならびに無人システム機からの大幅な能力向上を追求している。FVL機能横断型チームの 主要な取り組みのうち、FARA(Future Attack Reconnaissance Aircraft, 将来型攻撃偵察機)、FLRAA(Future Long Range Assault Aircraft, 将来型長距離強襲機)およびFUASC(Future Unmanned Aircraft Systems. 将来型無人航空機システム)の3つは、複数システムで構成される航空器材として、現在開発中の他の陸軍システムとの連携しつつ、敵の能力を凌駕しようとしている。

MEDEVAC用の派生型機は、FLRAAをベースとした機体になる。航空患者後送用FLRAAの詳細は、FLRAAの航空患者後送機能力開発文書の別冊Bに記載されており、改良型患者搭載システム(Enhanced MEDEVAC Patient Handling System)、レスキュー・ホイストおよびMEDEVAC用任務センサー(MEDEVAC Mission Sensor)などを装備することになっている。航空患者後送関連企業は、現在、予測されるFLRAA患者後送用キャビン構成の方針および設計を研究・開発中であり、その評価は兵士とのタッチポイントにより実施されることになっている。FLRAA専用に開発されるMEDEVAC用任務装備パッケージ(MEDEVAC Mission Equipment Package)は、マルチドメイン作戦を支援するために必要な次世代の航空患者後送機能を提供する。

MEDEVACの要求性能は、プログラム開始時からFLRAAの要求性能と同時並行的に作成されてきた。FLRAAが配備され、長距離空中機動任務を実施する時点においては、負傷者を後送するために、その航続距離や速度に適合した航空患者後送用FLRAAが利用可能でなければならない。

陸軍の予算環境は非常に不確実な状態にあるものの、FLRAAの開発に併せてMEDEVAC用搭載装備品の開発を推進し、FLRAAの空中機動能力とそのMEDEVAC能力の同時発揮を追求しなければならない。

スティーブン・A・バーンズ大佐は、アラバマ州フォートラッカーにある陸軍将来コマンド将来構想センター衛生能力開発統合局MEDEVAC構想能力部(元MEDEVAC提案部)の部長である。

                               

出典:ARMY AVIATION, Army Aviation Association of America 2021年03月

翻訳:影本賢治, アビエーション・アセット管理人

備考:本記事の翻訳・掲載については、出典元の承認を得ています。

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4件のコメント

  1. 管理人 より:

    「When I have your wounded!」を「負傷者がいる限り!」と訳していますが、自信がありません。
    映画などのタイトルにもなっているようなので、他に適切な訳し方があったら、教えて下さい。

  2. 管理人 より:

    「アメリカ軍全体の生存率は、過去最高の91パーセントを維持した。(our forces have witnessed a historically high 91 percent survivability rate. )」というのは、こんなに低いことはないと思うのですが、そのまま訳しています。
    ちなみに、こちらのサイトには、全く異なる数値が掲載されています。

    • 管理人 より:

      ネットを検索したら、こちらのサイトに別の記述がありました。

      「91 percent survivability rate for wounded servicemembers(負傷者の生存率が91パーセント)」

      これが正しいと思いますので、これに合わせて訳文を修正します。

  3. 管理人 より:

    Wikipediaに「チャールズ・ケリー (パイロット)」の記事を翻訳・投稿しました。